なぜテスラ車は2日で28万台も売れるのか

07.04.2016

Photo: stupiope

 

昨年末に発売されたトヨタプリウス「4代目」は発売一ヶ月で受注台数が10万台で、国内では販売首位に躍り出た。国外では一足早くPHV版が「プレミアム」と称して、モーターショーで華々しくデビューした。こちらは思わせぶりなテイーザー広告が興味を誘い、他のメーカーが尻込みするような複雑なテール形状や変形ガラス後部ウインドウなど、「技術や」から見たら羨ましくなるような奔放なデザインであった。

 

プリウスの新型車はハイブリッド技術にとどまらず足回りも大幅に改良され、熟成された「市販車」というのが辛口の評論家をも唸らせた。一方で航続距離がずば抜けて長く運動性能も優れたEV車を販売するテスラ社が、手頃な価格にダウングレードしたモデル3の販売開始は予想外の反響を呼んだ。ネット予約が初日に18万台を突破したことをCEOのイーロン・マスクが伝えると歓声が上がり、翌日までに受注数が28万台に達したという。

 

明らかに今のテスラ社に28万台の生産能力はない。またパナソニックと協力して進めるバッテリーメガファクトリが完成しなければ、それだけのバッテリー供給能力もない。28万台の受注数が2日であったことはアイフォーンの予約を想起させる。ちなみにプリウスの国内累計販売台数は20149月で149万台であるが、ここまで来るには3世代にわたる地道な努力があった。それがあっけなくPCバッテリーを積んだ新参者メーカーの廉価版モデルが販売記録を塗り替えようとしている。

 

モデル3のアイフォーンのような「狂気じみた」熱狂と売れ行きの理由はどこにあるのだろうか。テスラ社は販売と同時に自社で試乗会を開催した。その動画を見ると夜間に行った試乗会で400名の希望者を同乗させてアピールしたのは、クレイモデル然とした現実的でない「デザイン」と「運動性能」だった。これらはどちらもトヨタの技術者が敬遠する「アンチテーゼ」だった。トヨタの技術者は、顧客がハイブリッド車に期待する「燃費」や一般道で普通に運転するのに十分な運動性能が課題で、デザインも先進性をアピールしつつも「常識的な範囲で」という制限が付いていた。

 

テスラ社はそこに目をつけた。EV社の先進性を「燃費」から(安価な電気料金を背景に)実用的な「航続距離」で置き換え、「乗り心地」をドライバーの感性に訴える「運動性能」に置き換えた。さらに「先端にいるという響き」に弱い若い世代に受けるデザインとネットのテイーザー広告で、「廉価版」のイメージを「先進性」に置き換えることで、予想をはるかに超えるヒットとなった。

 

SONYのウオークマンがアイポッドに、そしてアイフォーンに置き換えられた経緯と酷似した状況である。楽曲をアウトドアに持ち出すという概念はもちろんウオークマンに端を発する。しかし市場はウオークマンの延長線上にない新概念、デジタル音源流通を見越したジョブスの先進性に軍配を上げた。ウオークマンにも機会はあったが、音楽媒体の変革を利益相反とみなしたのか、既成枠を取り払う過激な方針を望まなかったことが敗因である。(歴史を見るとこの国には有利な立場にいながら守りに転じて勝機を逃すことが多々ある。)

 

このことは端的に日本型の技術開発の限界を認識させる。与えられた枠組み(市場)の中でメーカーの立場で最高性能を追求することで、販売を伸ばそうとすることの限界である。リニア新幹線のセールスポイントはオーバー500kmの高速移動である。性能的には擬似的(浮上距離が小さい)リアニアと比較して100km/hのアドバンテージでしかない。一方、テスラ社のイーロン・マスクが提唱したハイパー・ループ構想では真空トンネル中を窓のない弾丸列車が音速に近い速度で動く。実現にはまだ時間がかかるが空港までの移動時間と搭乗手続きを含めると、移動時間では飛行機に勝るため大陸では勝算が高い。

 

 

モデル3の空前のヒットで日本型技術の限界は与えられた枠組みの中でのものでメーカーや技術者が自ら「足枷」をしていることを認識させられる。成熟した市場を捨てて新しい市場を見つけるには足枷を取り外すことが必要だ。またイーロン・マスクが顧客に与える「先端にいることのワクワク感」について考えることも重要だ。成熟した社会の閉塞感にうんざりしている顧客は燃費や安定性よりも変革の一部となることに憧れを抱いているからだ。イーロン・マスクはお世辞にもプレゼンがうまいとは言えないが、若者に「夢」を与えていることを認識すべきだろう。