最近、欧州に新たな巨大科学プロジェクトが現れた。Extreme Light Infrastructure (ELI)である。ELIは複数の世界最高出力のレーザー施設を別々の場所(3カ所)につくり、これらを関連させて最終的には第4のレーザーを含めて施設を共同研究に開放する(注1)もので、加速器、放射光、X線自由電子レーザーのようなスタイルで光科学を推進する。
(注1)ELI=3+1 レーザー、と表現される。
ELIは現在世界最強出力のレーザーの10倍の出力10PW(注2)、フェムト秒レーザー(注3)の実現が目標である。これにより医療イメージング、診断、照射治療などの分野での応用が期待される。注目されるのはELIが主に東欧につくられることである。最初の施設はチェコ共和国につくられるELI Beamlinesでここでは大出力レーザーをターゲットに照射してつくりだされるX線を用いて物理、生体、物質科学の広範囲な分野で応用研究が行なわれる。第2番目の施設はELI Attosecond でハンガリーに設置され、アト秒領域(注4)の短パルス応用技術を開発するためのものである。第3はELI Nuclear Physicsはルーマニアに設置され、光核物理の研究を目的としている。
(注2)ペタワット、ペタとは10の15乗、テラ(1兆)の1000倍、すなわち1000兆を意味する単位である。例えばスパコン「京」は処理能力10ペタフロップスである。
(注3)フェムト秒は10の−15乗秒。フェムト秒レーザーを使ったポンププローブ実験で化学反応の中間体を調べる研究がさかんである。
(注4)アト秒は10の−18乗秒、フェムト秒の1000分の1。2000年頃から発達した技術でフェムト秒で立ち入れなかった、分子内電子軌道の時間変化をも可能とするポテンシャルがある。
第4の研究施設は詳細が決まっていないが3施設と補完的あるいは有望な分野のさらに発展させる目的で、現在計画が練られている。それぞれ異なる仕様、応用分野の大出力レーザー施設を連携して運営し、関係者が知恵を寄せ合い強力な連携でまとめあげていく計画性はCERNに劣らない。東欧諸国にとっては経済効果も大きい大型施設の設置は願ったりで、経済的な問題を抱える欧州共同体であるが基礎科学では水を得た魚のようだ。
欧州連合は科学予算を重点的に配備して欧州の科学者がアクセスし易い共同研究体制で基礎科学の底上げを狙う。欧州と米国では応用研究へのアプローチが異なる。米国では民間と官学の連携で応用技術開発を目指すが、欧州では基礎科学の優秀な人材を官学が育成し、民間に送り込む。人材育成が投資に先行する考え方は一理ある。ただし科学技術においては「ヒト」か「モノ」かの議論は無意味で両方とも必要なのだ。