現在ロンドン市長のボリス・ジョンソンは、アメリカ生まれのイギリス人である。父方の祖先には、イギリス王のジョージ2世がいる。よくある話であるが、両親がアメリカに短期滞在中にたまたまニューヨークで生まれ、「偶然のアメリカ人」となった。5歳の時イギリスに戻り、英国人として育ったのだが、アメリカ合衆国の市民でもある。
問題が発覚
ジョンソン市長は2006年に家族と夏の休暇でメキシコ旅行に出国した。ロンドン発アメリカ、ヒューストン経由の便のため、経由地でアメリカ入国手続きが必要になった(注)。彼は家族と共に「外国国籍」の列に列んでいた。家族は問題なく入国できたが、市長が入国するには、米国パスポートが必要であると告げられた。アメリカ市民であることを認識したことがないジョンソン市長は、有効な米国パスポートなど持っているはずはない。家族はヒューストン発メキシコ行きの便に問題なく乗れたが、市長は入国できず、スペインのマドリードにいったん戻り、そこからメキシコ行きの便で行くしか選択肢はなかった。この事件後、彼はアメリカ市民権を放棄することを決断したのである。
(注)経由地を入国とみなさないtransit扱いの国と入国とみなす国がある。前者は経由地の乗客に空港税が課されない。米国は後者で電子渡航カードESTAの登録は経由地であっても必要となる。
市民権放棄は簡単ではない
アメリカの市民権を放棄するには、様々な法的条件を満たなければならない。海外に住むアメリカ人は世界でも珍しく、海外での収入に対する納税義務が課せられている。したがって、市民権を放棄するには、過去5年間、納税義務を満たしたことの証明が必要となる。さらに、総資産が200万ドル以上、または過去5年間所得税が年間15万ドル以上であれば、市民放棄税(exist tax)の2,350ドルを支払わなくてはならない。
米国歳入局 (IRS)との対立
市長が米国市民権を放棄したことを表明した後も、納税義務の通告は続いた。自宅として住居していた住宅を売却した際、IRSから不動産売却益に対しての課税(キャピタルゲイン税)の支払いを要請された。11月には、イギリス国籍の市長が米国に納税する義務はないとの表明、米内国歳入局と対立する姿勢を明らかにした。
ボリス・ジョンソン市長と同様に、米国市民権を手放すアメリカ人の数が2013年から大幅に増えている。2012年の932人に対して、2013年は2,999人、2014年の9月までに2,353人と3,000人を上回る勢いである。その一因が、2010年に米国議会で成立した外国講座税務コンプライアンス法 (Foreign Account Tax Compliance Act: FATCA)に対し、アメリカ国外在住者たちが不満を持っていることにあるとされる。
今年7 月から執行されたFATCAは、世界中の全ての金融機関にアメリカ市民権を持つ顧客を対象に、資産と収入の情報をIRSに直接報告することを義務づけるのである。報告漏れがあれば、金融機関は米国政府から高額の罰金が科せられるため、一部の銀行では、アメリカ市民権を持つ顧客を避ける動きもでている。
アメリカ政府が世界にない税法を導入した狙いは、アメリカ市民が海外で運用する資産によって失われている約1,000億ドルの税収入を回収することにあるとされている。連邦債務総額が約18兆ドルを達したアメリカ。米国国籍の大企業にも納税義務があることを告げるべきではないか。