DCシリーズで有名なマクダネルダグラス社がボーイング社に吸収合併されたのは1997年であった。マクダネルダグラス社の技術陣はそれ以前から革新的なジェット旅客機の概念を持っていた。それはブレンデッドウイング(Blended Wing)と呼ばれるデルタ翼機である。上の動画はtest flightとあるが、CGであり実際の飛行ではない。(CGにすぎないという点ではHuVrのHover Boardと同じ夢物語である。)
デルタ翼機はすでにコンコルドやソ連のTu-144のように旅客機として実用化されたが、ブレンデッドウイングが変わっている点はこのデルタ翼を分厚くして胴体と一体化してしまう、というところにある。旅客機といえば細長い胴体に主翼と後部に尾翼を独立に持つものと決まっていた。
最大の理由は胴体に並んだ窓から乗客が景色を見て空の旅を実感して楽しめることと、胴体に設けられた非常ドアから緊急着陸時に再短時間(90秒)で全員脱出できるからである。一方、機体の大型化が進むと強度の関係で主翼と胴体が一体化されたブレンデッドウイングが有利となり、さらに抵抗の少ないため燃費も向上するので、大型機の新しい方向性を示す画期的なデザインであった。
マクダネルダグラス社出身の技術者は粘り強くこの主張を続けたが、ボーイング幹部はそれを重要視しなかった。その理由は主に3つある。最大の理由は大量輸送時代に対処するのに、ボーイング社のPoit-to-pointという思想にあった。エアバス社はこれに対してHub & spokeという方針で拠点空港に大量輸送しそこを起点に地方と結ぶ、というやり方である。
ボーイング社は直行便、エアバス社は乗り継ぎ、という異なるポリシーで機体を開発した結果、2階建て500名乗客のA-380開発はボーイングがライバルにならなかった。現在はボーイングの思惑に反してA-380が中東エアラインの大量発注にも助けられ、順調な出足をみせている。
第2のブレンデッドウイングが抱える問題は乗客は劇場のように機体(主翼)の中心部に着席するので、窓から遠くなりほとんど外の景色はみられないことになる。ボーイング社は顧客の要望が窓の景色にあることから、この問題を重視した。この点で軍用機メーカーでもあるマクダネルダグラス社は、輸送機やタンカーなど、窓が不要の用途も視野にあったと思われる。
第3に乗客は不時着した時に劇場が火災になったときのように遠くにある非常口まで我先に走り出すだろう。これは火災にならなくても大惨事になりかねない。旅客機メーカーとして自負するボーイング社としては無視できない安全上の問題である。
窓のない問題は最近、内部の壁を全面デイスプレイとするアイデアがでたため、解決されるかも知れない。内面がデイスプレイとなれば飛行機の外部をTVカメラで撮影しそれらを表示することによって、鳥になったような視界が広がる。これはこれで受けそうではあるが、安全性の問題は未解決であった。
ボーイング社はしかしNASAラングレー研究所とブレンデッドウイングの技術開発は進めていた。2007年に初飛行したX-48Bという8.5%スケールの無人機である。
またJFKの承認を背景に進めて来た超音速旅客機2707計画が挫折した後は直行便ポリシーにこだわりソニッククルーザーの開発を進めたが経済状態が悪化して中止となっていた。
A-380は現在、超大型ジェット旅客機カテゴリで一人勝ち状態であるため、大量輸送時代の現実論がHub & spokeを無視できないとわかると、ブレンデッドウイングのBoeing 797のCGがつくられ、にわかに活気を帯びて来た。この機体の中央部には1,000名のシアター座席ができるので、乗客は窓から外を眺めるのでなく、ステージの劇や演奏を楽しむことになるだろう。また内面デイスプレイで鳥になった気分も楽しめる。新しい空の旅が始ろうとしている。エンターテインメントによって人気のでる路線もでるだろうし、逆の場合も有るかもしれない。