癌治療の加速器科学

Dec. 1, 2014

 

 

 癌治療の最前線は癌細胞の理解度が進むとともに近年、加速度的な発展をみせており、治療方法の概念が大きく変化しつつ有る。癌の発症の起源となるDNA突然変異の張本人であった放射線が逆に癌細胞を死滅させる味方になろうというのだ。


 癌幹細胞の発見により癌細胞分裂の起源となる新しい細胞を発生させるメカニズムの理解が変わった。これまでの癌細胞全体を死滅させるという方法に変わり、分裂の持続性の根源となる癌幹細胞を標的として、治療を行うことが課題となりつつある。

 

 一方、放射線による癌治療も癌細胞のみを標的とする狙い撃ちの方向に動いており、ダメージを少なくする一方で癌細胞へ攻撃を集中させる試みが開発されて来た。 一般に放射線治療で用いられるX線は、体内に入るに従って吸収される放射線量が徐々に減少する。このため癌細胞集まった患部に近い正常な細胞組織も同等の線量を受け、放射線被曝を受ける。


 これに対して陽子線(注)は体内に入っても表面近くでは吸収されず、粒子が停止する直前にエネルギーを放出して大きな線量を癌細胞に与えることができる。


(注) 陽子(proton)は水素という最も軽い元素の原子核で、電子をはぎ取ることで生成するイオンである。これを加速したものが陽子線で重粒子線(炭素イオン線)と同様に、元素の原子核を加速した放射線の一種で、癌治療に広く使われている。この治療が有効な癌は肺癌、肝臓癌、前立腺癌など照射しやすい場合で、加速器を必要とするため設置できる病院も限定されて来たが、現在は専門の加速器を備えた病院も出来た。患者の家族にのしかかる現実的な問題は費用である。

 


 一方最近、中性子捕捉療法(Neutron Capture Therapy)のひとつであるBNCTと呼ばれる最新の粒子線癌治療技術を耳にする。これは。照射された中性子と癌組織に取り込まれた中性子との反応断面積が大きい元素との核反応によって発生する粒子放射線で局所的に癌細胞を殺すという原理に基づく癌治療法である。癌患部その場で粒子放射線を発生させるので、正常な細胞に危害は加えないメリットがある。基本となる核反応は高速増殖炉においてウラン238に中性子を照射してプルトニウムを得るのと同じである。稼働しない「もんじゅ」に代わって、同じ原理が癌細胞を殺す、というわけである。皮肉な結果だがこちらは反対する住民はいないだろう。

 

 

 核反応により発生する高エネルギーの7Liや4Heは極めて近距離しか移動できないため、影響が局所的で周辺の組織への影響が低い。線形加速器により陽子ビームを中性子発生源であるベリリウムに照射して得られる中性子を選別して10B原子を取り込ませた患部に照射する。原則30分1回の照射で終わるため患者の負担が少ない。

 

 陽電子線や中性子捕捉による加速器治療の将来に期待したいところだが、医療保険の問題や全国病院への配備について、国の積極的な取り組みが必要である。短時間で患部のみを治療するということは患者の負担を軽減することになるだろうが、1回300万円という現状は経済的負担は大きすぎる。国の補助なくしては庶民に手の届く治療法にはならない。金持ちしか最新治療を受けられない医療なら意味がない。