スピン流で発電する新しい原理を発見

04.11.2015

Photo: EXTREMETECH


電子スピン流を電子の流れにかわる新しい情報媒体として考えるスピントロニクスに向けてこれまでは、上むきスピンと下むきスピンの差として定義されるスピンの向きが揃ったスピン(スピン流)を発生・伝搬させる研究が行われてきた。このほどそのスピンがマクロ的なそれを含む金属流体もの渦と相互作用を持ち、流れる向きに起電力を発生することが理論的・実験的に示された。


このほど東北大金属材料研究所の斎藤英治教授(物性物理学)のグループは2日、細い管に液体金属を流すだけで微弱な電気が発生することを突き止め、実際に電気を取り出すことにも成功した。


斎藤教授のグループは「ERATO齊藤スピン量子整流プロジェクト」においてJAEAと協力して電子スピンと液体金属の渦運動の量子力学的相互作用の理論的・実験解明を進めてきた。電子スピンという量子力学的現象をマクロ的な力学的現象である流体中の渦との関連に着目した点はユニークで、いってみれば顕微鏡の世界と望遠鏡の世界の関係を追求するような空間スケールの異なる世界同士を一緒の法則で考えるということである。


スピン流の研究ではナノテクノロジーの進歩によるところが大きい。このため物理研究とはいっても露光装置とデバイス作製技術の役割が大きく、デバイス工学と理学研究の境界にあるといっても良い分野である。スピン流の制御によるスイッチングデバイスができれば、現在の電子デバイスのボトルネックである発熱をなくすことができる。


 

Photo: Tohoku Univ.

 

ERATO齊藤スピン量子整流プロジェクト」ではスピン流の制御に関する研究テーマがメインであるが、その中で研究グループは、液体金属中でスピン流を生成させ、それを制御することができれば、スピンと液体金属と両者のメリットを兼ね備えた全く新しい省エネルギーデバイスやエネルギー変換・利用技術が実現できると考えスピン流と流体の渦との相互作用を研究してきた。液体金属の電気と熱の両方の伝導の特性を電子デバイスの冷却と配線の融合という点でも研究の意義があった。さらにJAEAとしては日本が有利に展開している高速炉で冷却に液体金属を用いる点でも興味のある対象であったと考えられる。

 

この研究の理論解明はスピンを考慮した量子力学で渦現象を扱うことであったが、これまではマクロな力学に量子力学を持ち込む研究は(宇宙天文学を別にすれば)工学では多くなかった。斎藤グループは今回、スピンを含む量子力学で渦現象との相互作用(スピン流の回転)で一定距離の移動中に起電力が発生することを解明した。スピン流が渦運動することで散乱される結果と考えられている。

 

実験的には数100ミクロン径のマイクロチャンネル(Microfluidics)(注1)で液体金属を流し上流と下流で起電力を精密に測定した。水銀やGaなどの代表的な絵kたい金属を流すと0.6MPaの圧力下で100nVの起電力が観測された。

 

(注1)タンパク結晶化のスクリーニングや薬剤の開発、分析などの分野で広く使われている。露光技術で100ミクロンスケールの溝を作成し様々な反応系を手のひらにのるチップにまとめることができる。もともとはDARPAが兵士の健康状態を遠隔で知るために開発したバイオチップから広まった。

 

液体金属中のスピン流の制御に必要な基礎理論が進展したことが最も重要な貢献であるが、応用としては液体金属を使ったチップの中で発電が可能になるため、温度差が存在する環境で無電源デバイスが作製できる可能性がある。日本のデバイス産業は世界の檜舞台から退いたがナノテクノロジーは新しい原理デバイスの登場に向けて、研究を支えている。