加速器オンチップ(AOC)のインパクト

3.12.2015

Photo: livescience


CERNの世界最大の円形加速器(LHC)は周長が27kmでジュネーブ近郊に建設された。直径はほぼ東京の山手線に匹敵する。国境を越え村々の地下を光速に近い粒子が13TeVのエネルギーで飛び交う。その次の世代は直線加速器(ILC)となるが全長は30km。まだ建設の予定が立っていないうちに中国から再び円形加速器の計画が誕生した。周長は50km


加速器の世界は核融合炉と同じく一国の研究所が独立に建設する限界に達した。国際共同で加速器設計や検出器製造などの建設分担としても、土地の確保と建設資金の確保が困難になりつつある。


そこで加速器を微細加工でスケールダウンするアイデア(AOC:Accelerator on a chip)が生まれた。スタンフォード大学の加速器研究所(SLAC)はこれまでに多くの斬新的な加速器技術を開発してきたが、AOCの開発に取り組んでいる。技術的な課題も多いが、この技術が完成すれば巨大な加速器のサイズダウンが可能となり、物理実験は医療応用において画期的な展開が期待できる。


SLACはゴードン・アンド・ベテイ・ムーア(注1)財団から1350万ドルの資金を提供され、AOC開発に取り組んでいる


(注1)インテルの共同設立者。1965年に集積回路の指標となるムーアの法則を提唱した。


ここで考えるミニチュア直線加速器の構成は電子銃、粒子を「塊」にそろえるバンチャー、加速管、アンジュレーターである。電子銃の微細化技術は「マイクロ電子銃」として特許申請が行われている。またアンジュレーターというデバイスは電子を多数の磁石を並べた空間でうねらせてコヒーレントな放射光をつくりだす技術で、すでにミニチュア化の研究が進められている。


この計画で斬新なアイデアは電子の加速にレーザー光を用いることで、通常はRFで「波乗り」原理により、位相をそろえて電場で加速するのに対して、レーザー光を用いる点だ。微細加工でレーザー導波管をつくることはすでに試みられている。


つまり要素技術としては既存の技術をミニチュア化することで、原理的にはミニチュア加速器をチップ化することは可能なのである。この技術で放射光に応用すれば、強力なコヒーレントX線をつくることができるため、癌治療などの医療に期待が集まる。


10kmの加速器がミニチュアサイズとなれば加速器物理が大学の研究室で行えるようになり、放射光を使えば放射光施設に通う必要がなくなる。さらに癌治療装置がス-ツケースで持ち運びできるようになる。これまでその大きさと高額な建設費で導入できなかった加速器治療が、小さな病院でも行えるようになる。X線管球を置き換えるミニチュア加速器は社会に与えるインパクトが大きい加速器の最終形態といえるだろう。


ただし資金がインテル系の財団であることと、マイクロアンジュレーターが最終段であることからすると、放射光(挿入光源)によるマイクロX線源を想定している。半導体露光企業の狙う「マイクロ電子銃」に続く加速システムの開発なら、むしろ自然な流れなのかもしれない。SLACを始めアメリカの国立研究所は財源難で20%の雇用削減が予定されている。企業や財団からの資金提供は歓迎されるだろう実用化すれば大きなインパクトを持つ技術開発を企業の資金で国の研究所が委託して行う時代になった。