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電子機器は電子流のオンオフ回路に基づくが電子が金属中を流れる時、散乱されエネルギーが熱に変わるため、発熱し全体のエネルギー効率を悪くするばかりでなく、発熱自身が回路設計のネックになる。実際にインテルの演算回路阻止の熱密度は原子炉並みである。クロック周波数の限界とマルチプロセッサーへの展開はこのためであった。
電子回路の欠点を補いコールドエレクトロニクスを実現するためのひとつの方法がスピン流を用いたスピントロニクスである。スピンの向き(異なるスピン数の差)がオン・オフに相当するのでスピン流による発熱はない。実用化においてはスピン流を長距離伝搬させる必要が生じるが、これまでの伝搬距離は10nm程度と短かった。
一昔前のスピントロニクスのイメージは磁性半導体によるスピンメモリーであった。スピンの上向きと下向きをオン・オフメモリーとするこのアイデアは高密度メモリをつくれるが動作原理としてスイッチングをスピンの向きで置き換えたもの。
一方で今回の発見に代表される「スピン流」はスピンの向きで定義されるスピン流を電荷の流れに置き換えるという新しい原理のスピントロニクスで論理回路に使えるチャージレス、コールドエレクトロニクスの実現に向けて最先端の研究分野となっている。
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このほど英国にあるバース大学物理学教室の研究グループはスピン三重項クーパーペアを磁化の方向が異なる2層の強磁性体をBCS超伝導体で挟み込んだ強磁性体ジョセフソン結合をつくることによって、スピン三重項クーパーペアによるスピン流を50nm厚の非磁性金属(金)中に伝搬させることに成功した。
この実験はミューオン分光によって計測された実験データにもとずいている。この結果は温度や磁場でこれまでよりはるかに長い距離を伝搬するスピン流を制御できるため、スピントロニクス実現に一歩近づいたとして注目を集めている。
Remotely induced magnetism in a normal metal using a superconducting spin-valve, M.G. Flokstra et al., Nature Physics (2015)
だがこの結果は驚くべきことではない。
2013年5月に理化学研究所の研究グループが以下の発見を行って今回の実験結果を予測した。研究チームによれば理論的に従来の数百倍となる数十ナノメートル以上の伝搬距離が達成可能で、長距離伝搬スピン流は、スピンの向きが平行なスピン三重項クーパー対で実現できることを示した。スピン三重項クーパー対により、スピン流と電流の分離を理論的に予測したことで、今回の実験はそれを実証したものといえる。
S. Hikino and S. Yunoki, “Long-Range Spin Current Driven by Superconducting Phase Difference in a Josephson Junction with Double Layer Ferromagnets”, Physical Review Letters, 2013
BCS超伝導体を使うためクライオエレクトロニクスの範疇を得ないなど将来の課題も多いが、ジョセフソン素子が集積回路に実用化できなかったが、強磁性体ジョセフソン結合が高温で可能になればまた一歩、スピントロニクスへの道が近ずいた。