ヴァージンギャラクテイックのリチャードブランソンは機体メーカーのスケールドコンポジットのバートルータンと組んで開発し、これまでの宇宙飛行より100倍安全と豪語していたスペースシップ2が母機から離れてロケット飛行に入ってすぐ、空中分解し墜落した。バートルータンは1986年に無給油、無着陸で地球一周を成し遂げたボエジャーの設計者で、特殊な飛行機設計の奇才として知らている。
彼が考案したフェザリングという技術を使いこなせなかったのが原因である。上の写真のスペースシップの尾翼は主翼に取り付けられたヒンジを軸として、回転角60度、回転した抵抗が最大になる大気圏突入時の状態のものである。母機につり下げられる時、あるいは低空で滑空時は60度回転して、空気抵抗が最小になる。
この時の状態は通常の飛行体としてありきたりのデザインであるが、フェザリングのアイデアとそのためのユニークな尾翼の構造は独創的でかつてないものであった。フェザリングによって空気抵抗で減速しながらも、振り子のように重心が下にあるので、はね板のこまのように安定した下降となるのである。
このアイデアを知ったとき頭に浮かんだのはシャパラルというレースカーメーカーである。シャパラルはテキサスの石油王でありながら、自動車レーサーでしかも技術者でもあるジムホールが設立した会社だ。彼は技術者としての才覚を使いこなし、レースカーの設計に航空工学のアイデアを持ち込んだ。下の写真のウイングがそれだ。いまでこそレースカーになくてはならないばかりか、スーパーカーの後部には高速で立ち上がるウイングが一般的である。
ジムホールのすごいところはウイングを中間で分割しコーナリングで車体の傾きをキャンセルするように制御する可動ウイングに発展させたことである。1966年にはウイングの効果で向かうところ敵無しという状態で、連戦連勝の記録を打ち立てた。
ジムホールとバートルータンはどちらも航空工学を駆使した独創的な翼の使い道を考えた点、また技術者から企業を起こしたという点、また自身で操縦するという点が良く似ている。
話をスペースシップ2の事故原因にもどすと、可動尾翼の回転を速度領域のルールにのっとらなかったせいだ。マッハ1付近では衝撃波が生じる不安定な領域なので可動翼展開のスピードはマッハ1.4以上とされていたが、今回はマッハ1付近で行った。衝撃波の影響は大きい。可動翼のスイッチに速度によってはできないようなリミッターを付けるべきであった。疑問なのはロック解除しただけで可動スイッチを入れていなかったことである。それならパイロットの責任は少ない。今後の事故調査結果がわかり次第、記事をアップすることにしたい。
しかしジムホールやバートなら失敗にくじけることなく失敗を乗り越えるに違いない。墜落後にもかかわらず新たなスペースシップ搭乗希望者があらわれたという。人間の冒険心、好奇心はやはりとてつもない力を持っているということだ。