デルのEMC買収はIT企業再編となるか

14.10.2015

Photo: e-WEEK


マイケル・デルのアメリカンドリーム

たった1,000ドルの資金でスタートアップしたマイケル・デルがオーダーメードPCという新しいビジネスモデルで世界を席巻してから、PCは通信販売が主流となった。しかしMPUチップの高性能化とインターネット(WiFi)の普及で、PCはタブレット・スマホに市場を奪われることになった。いまや量販店でPCを購入する客はみかけることはほとんどないが、PCの落日は販売台数統計に如実にあらわれている。


最新の統計(米IDC)によれば20154-6月期の世界のPC出荷台数は6,614万台で前年比11.8%減となった。メーカー別でデルはレノボ、HPに次いで3位、956万台。トップ3で世界の出荷台数の過半数を占めるから、昔の面影はないにしても日本のメーカーに比べれば先細りしながらも堅実なビジネスを展開している。

 


EMCという会社

デルコンピューターはマサチューセッツ州に本拠地のあるEMC670億ドル(約8兆円)で買収した。EMCは記憶媒体(ストーレジ)の最大手企業だが、強みはストーレジ管理ソフトウエアとともに大手企業相手のクラウドビジネスに強い。もともとEMCはデータゼネラル社というミニコンメーカーを吸収して成長した。(注1


(注1)データゼネラル社はかつて業界をカリフォルニアのDECコンピュータと市場を2分する東部のメーカー。DECと比べるとソフトウエアの洗練度は劣るが頑丈なハードウエアは安定感がずば抜けていた。データゼネラルはEMCに吸収され、突然市場から姿を消したがEMCは東部を代表するIT企業となった。

 


買収劇の真相

今回の買収劇は単なる企業買収ではない。創業者のマイケル・デルがデル社の全株式を買い取っていた。では今回の買収に使われた670億ドルはどのようにして手にしたのだろうか。


670億ドルのうち新株式発行で得られるのは170-270億ドルで、残りは金融機関からの融資であった。400-500億ドルに上る融資の拠出は以下の複数の金融機関が分割して行った。


Barclays

Bank of America

CITI Bank

Credit Suisse

Deutsche Bank

Goldman Sachs

JP Morgan

RBC,  Capital Markets


新会社のChairmanCEO)はデルからつまりマイケル・デル、デル社の拠点は変わらず(テキサス)、新会社の拠点はマサチューセッツ・ホプキントン(EMCの拠点)におかれる。2013年度のデル売り上げは約570億ドル。EMCは約240億ドル。670億ドルの買収が簡単であるはずはない。


この融資で金融機関は合わせて700万ドルの手数料が入る。新会社の予算年度は20172月からとなる。新会社の事業計画はどのようなものになるのだろう。

 


デル社に必要だったEMC

一言でいえばデルは買収でクラウドサーバーの拡大を狙っているが、ユニークな点はクラウド事業に際してデル製のクラウドサーバーを同時に販売できる点にある。(注2)個人向けPCが頭打ちになっているので、他メーカーも見切りをつけるかもしれない。


(注2)タブレット端末が一昔前のPC程度には使えるようになってきたのと、マイクロソフトがWindows10を無償提供したのも個人向けPCが落ち込んでいる理由のひとつ。ただしタブレットのウィークポイントはデータストレージの容量が小さいのと、MPUスペックが未だ低い事である。負荷のかかる計算はクラウドサーバー側で行えるし、大容量データの保存もできる等のメリットがある。個人ユーザーにとっても、大企業にとってもクラウド依存が進むことは自然な流れである。

 


デル社のクラウド事業の優位性

ところでデル本社のあるテキサス州は地震・洪水がなく、広大な敷地が使え、サーバーのメインテナンスも早く出来るなど、クラウドサーバーの設置には適している。日本でもクラウドサーバーは沖縄、北海道と地震の少ない地域に設置されているのは自然災害リスクを避けるためである。


クラウドサーバー事業にシフトさせるためには、大量に使うデータストレージを確保したいところだが、EMCの買収でそれが可能になる。またIT企業の本拠地は西海岸が多いが、地震の心配があるためクラウド事業では自然災害のリスクにおいてデル社の優位性が高いこと、サーバー本体とストーレッジ、ストーレッジ管理ソフトウエアをパッケージとしてクラウドネットワークを販売するとしたら、相当強力な企業が誕生することになる。PC販売をメインとするメーカーはこれからクラウド事業を顧客として(かつての大型計算機のような)大規模なクラウドネットワークを構築しなくてはならない。そのためにはハードウエア(サーバー、ストーレッジ、ネットワーク)とソフトウエアの両方を提供しなければならない。

 


世界を支配できるクラウド事業

先に自社株を買い取った時の融資先がデル社のパートナーで彼らが超一流の金融企業グループからIT史上最大となる融資を引き出した。将来性から見れば強い企業が誕生した。堅実な会社同士が結びついたもので新会社にはヴィジョンとニーズがある。一方、融資会社グループにとって堅実な投資先であるとともに莫大な手数料が転がり込んだ。企業と融資先は今回の買収でWin-Winの関係にあった。


今回の買収にはもうひとつの意味がある。クラウドといっても現実には巨大なサーバーを備えたデータセンターが実態である。Googleをはじめ米国のIT業界はこぞって安全な場所にデータセンターを立地して将来に備えている。クラウド事業を独占できれば米国の世界への影響力が増すことはいうまでもない。大事なデータを預かる知的財産の銀行のようなものだからである。そう考えると今回の買収は(財務省が独占禁止法をチラつかせて割って入るようなものでなく)米国の国益に沿うものである。したがって金融、国家、企業の全てにとってWin-Win-Winの関係にあった。


今回の買収の詳細は新会計年度に公表される情報を別記事にする予定である。