習近平とボーイングにみる企業外交

Sep. 24, 2015

Photo: The Seattle Times



習近平夫妻がシアトルに笑顔で降りたった後、ボーイング社は250機のナローボデイ(737)と50機のワイドボデイ(777Xもしくは787)、合計で38億ドル(4,560億円)を中国から受注したと発表した。メデイアが習近平の米国到着を報道した際に、「シアトル」としたのは、シアトル、エヴェレットのボーイングの所有する飛行場であった。


もちろん間に米国政府が仲介していた。すでにケリー国務長官が5月にボーイング社を訪れ、工場労働者を前にTPPを含む貿易問題について演説し、アジア向けの貿易戦略の必要性を強調した。習近平は相次ぐ外国企業の中国撤退で雇用問題と、政府の指示に従って国産ナローボデイ機を待っていた国内エアラインから突き上げられ、手っ取り早い調達が必要であった。また「外国企業の中国離れ」の傾向に歯止めをかける必要があった。


今回の発注は習近平にとっては屈辱的でもあった。中国がエアバスとボーイングの牙城といえる190席ナローボデイ機カテゴリーに切り込み、国内用に独自に開発を進めてきた737と瓜二つのジェット旅客機Comac C919の製造に(デリバリー契約上でいえば)事実上失敗し、国家の指令でC190を発注した国内エアラインの需要を埋める必要があった。しかし満面の笑みは中国がそれを上回るメリットがあったことを物語る。


エヴェレットの飛行場はUS5沿いにありシアトルからカナデイアンロッキーに行く際に北上すれば右手に現れる。(下の写真)



Photo: Washington State Department of Transportation

 

中国側は経済産業銀行と旅客機リース2社が資金を調達、ボーイング社の「定価で」購入したことを明らかにしている。ボーイング社にとっては初の国外組み立て工場の立地となった。同社は中国の国内旅客の増大から現地組み立てで有利な展開を目指している。

 

ボーイング社にとってヒット作737は設計が古くなり、組み立て工場立地で情報が漏洩しても苦にならないし、むしろコピーされてもボーイング系の機体が増えればシミュレーターやメンテナンス機材が共通化できるので、エアバス社に有利に販売合戦を進められる。ボーイング社の推計では中国国内の需要は20年で6,330機となる。今回の契約はそのうちの5%に過ぎない。

 

中国独自の航空機はたとえ成功していたとしても認可の関係で国内しか飛べないが、中国への旅客数は2034年までに現在の3倍の13千万人になる。ボーイング機なら国際線に飛ばすことができるので、ワイドボデイ50機は国際線向けを含むと考えてよい。C919はサイズ的にも737に近いので組み立て工場を買い取ってC919の組み立てに流用することも容易である。ボーイング社は組み立て工場を塗装などの最終工程にしたい意向であることは技術流出を警戒するためだ。

 

 

エアバス社はボーイング社の今回の工場設置に先駆けて2番目の工場立地計画を中国と結んでいる。業界を独占する2社の中国市場の争奪戦は工場立地で激化するであろう。政治の力が企業取引に介入する度合いが高まったことは、企業を国家が助け、企業は利益を政権に還元するというあるまじきWin-Winの関係で、自由競争が歪められることを意味する。

 

TPPを盾に米国は中国を中心としたアジア市場を狙う。中国は国内立地を条件に外国企業の中国離れによる失業者対策としたい。これらの見かけ上のWin-Win関係が中国経済の破綻を食い止められるのか。しかしすでに中国での生産が有利であった時代は過去となり、エアバス、ボーイングの2社がこれからそれを体験することになる中国の経済崩壊という十字架はあまりに重すぎるだろう

 

ボーイング社のシアトル本社の労働組合が強いのは過去、同社が何度も人員整理を強行したからである。国内工場移転で労働組合を逃れても中国の工場立地では別のリスクがある。ボーイング社の2014年度の売り上げと経常利益は過去最高を記録した。しかし将来的には1社独占に返り咲くような切り札機種がなく、防衛部門が国防費削減で落ち込んだことから中国立地という身を削る努力でセールスすることとなった。

 

 

国家主席が相手国を訪問する際に企業の飛行場に降り立ち、営業スマイルでワシントンでなく企業幹部のもとを訪れる。今回の習近平訪米で国家は企業のためにある、ことがはっきり示された。