Photo: Wired
シアトルというと鍛え向かうハイウエイから目立つ滑走路を持つ巨大工場がシンボルであった。かつて筆者のもとで働いた米国人はこの会社が行った非情なリストラのことを話してくれた。ボーインング社はいまでこそエアバス社と世界の旅客機生産を2分しているが、当時は世界をほぼ独占していたが、光と影の部分があった。
ボーイング社の光と影
この会社の影の部分すなわちリストラについては、昔から豪腕をふるうことで有名だが、2014年度にテキサス州エルパソの従業員43%(160名)のリストラを決めた。今年になってカンサス州ウイチタ工場の従業員25%(900名)を解雇。
また最近、ボーイング社が最終組み立て工場(各地から運び込まれる機体各部を組み立て、配線して納入前の最終調整をする最も重要な工場)を国内外に移転する動きにでている。2017年までに2,700人のリストラを行う。
これはオバマ大統領の進める国防予算の削減で防衛産業が雇用を見直せざるを得ないことが背景にある。ボーイング社以外にもロッキードマーチン社も10,000人の従業員削減を計画している。
ともあれリストラによりボーイング社の純益は19%増え、売上高は過去最高を記録している。光の部分がリストラという影によって支えられていることは確かなようだ。しかし単純なリストラと異なる同社の戦略が進行している。
工場の移転に踏み切るボーイング社
Reutersによれば、ボーイング社のナローボデイ機の傑作である737機の最終製造工程の一部を中国で行うという。調べるとボーイング社がシアトルからドリームライナー787機の生産拠点をサウスカロライナ州に移転することを伝えたBusinessnewslineの記事が目に止まった。ボーイング社が生産拠点を移す理由はリストラの障害となる結束の固い労組を避けるためだという。
また州別平均所得でワシントン州は13位、サウスカロライナ州は50位、すなわち全米で下から2番目の低所得の州である。安い賃金で工場労働者を雇用できることこそサウスカロライナに移転する最大の理由なのかもしれない。
737工場移転のチャイナリスク
中国に737の最終工程工場を移転することには、しかし技術流出リスクを伴う。というのも中国は国内路線用に737に対抗するC919というナローボデイ機(190座席)を2009年度から製造を開始しているが、技術不足で予定が大幅に遅れている。中国の軍用機技術レベルは低くないが、民間機の製作技術は別である。
なお中国の国産旅客機としては2008年に初飛行した100座席機ARJ21がある。100座席クラスだとエアバス、ボーイングと直接競争がない。そのため開発には主要航空機部品メーカーが協力し、生産もDC9ライセンス生産工場が用いられた。国内エアラインから300機を超える受注があり6機がこれまでに製作されたが、実際の運用実績はない。2013年から納入機生産が始まったが飛行試験が続いている。
Photo: errymath
オプションをいれると400機近い受注を獲得し2018年度から納入予定であった。このクラスの旅客機はエアバス社A320とボーイング737が2分するセグメントで、C919が予定どおり就航しても国外市場への参入は困難であるという見方が多い。
中国移転の真の理由とは
ボーイング社737機に真っ向勝負するC919の生産が遅れている中で、中国国内に737最終工程工場を移転するメリットは何かを考えると、政治取引の影がちらつく。C919のリプレースとして737機を購入するとなれば現地に最終工程工場があることはボーイング社に有利、また外国企業離れが続く中国にとっては雇用の悪化を食い止めることができる。
ボーイング社にとってみれば737発展型(737MAX)を別にすれば、現用737は設計が古くなりすぎて、新規購入を見込めない。エアバスに比べて多すぎる機種整理統合の目的もある。
2014年からシチズンを始め多くの日本企業が中国の工場を閉鎖、撤退している。外国企業についても多くが撤退に向かう中で、あえて中国に工場を移転するには何かメリットがあったのであろう。C919の市場を狙ったのであれば、合意のもとになされたとみるべきであろう。
習近平とオバマの間でどのような取引があったのか不明だが、ボーインング社が合衆国輸出入銀行(U.S. Export-Import Bank)を活用して国外販売を有利に進めていることは周知の事実である。