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中国は不動産バブルがはじけつつあるにも関わらず、相変わらず高層ビルやアパートの建設に余念がない。鬼城があってもどこ吹く風で建設を続ける様子はかつての日本を彷彿とさせるがスケールがケタ違いだ。基礎科学の分野でも2016年に世界最大の球面電波望遠鏡が完成する予定で、先進国が財政難に苦しむ中で大型施設のトップを競う存在になっている。
現在、世界最大の円形加速器はフランスとスイスにまたがる周長27kmのLHCで、CERNが建設したものである。LHCはヒッグス・ボゾンを探求する初期の目的を立派に果たし、ノーベル賞に結びついたが、シャットダウンしてアップグレードによりエネルギーを倍の13TeVに上げた後もヒッグス・ボソンについての研究を継続している。LHCは陽子・陽子衝突型加速器である。
円形加速器から直線加速器へ
さてこのlHCの次の加速器がILCという直線加速器(注1)である。ILCは核融合炉のITERと同じく国際共同事業であるが、設置場所を日本が誘致して学術会議が凍結している日の目をみていない加速器である。円形に粒子を曲げることで粒子ビームのエネルギーと品質が落ちる。高屈折レンズが色収差をともなうように、直線での加速が理想的なのである。さらに直線加速器に超伝導空洞を組み合わせて、全長30kmで電子・陽電子衝突実験を行う。
(注1)学術会議が凍結するのも無理はない。建設にかかる経費が1兆912億円とされるが、地元の経済効果は期待できないため借金を抱えることになりそうだからである。建設予定地が北上山地で周囲のインフラがないためこれらの整備や都市づくりを含めると上記の予算を軽くオーバーすることは必至だからだ。
中国のヒッグスファクトリーは円形加速器
中国は円形加速でも周長を大きくしてやれば擬似的に直線になるのではないかと考えた。つまり巨大な円形加速器で直線をおきかえる、というアイデアである。このためILCの次に来る世界最大の電子。陽電子衝突型円形加速器Circular Electron Positron Collider, CEPCの建設に着手した。中国科学技術院は2016年度に設計を終え、2021年度から2027年に建設、2027年度から運転開始の計画を立てている。電子と陽電子衝突によりLHCよりヒッグス・ボソン粒子の収率は飛躍的に向上するため「ヒッグスファクトリー」とも呼ばれる。ヒッグスファクトリー構想はILCを改造するもしくはLHCのトンネルを使うなどの提案がなされていた。
Photo: IHEP
CEPC計画
中国科学院の王教授によれば、超巨大円形加速器CEPCでLHCのエネルギー限界を大幅に越えた加速器が可能になるという。25TeV(注2)では1周約50km、45TeVでは70kmの衝突リングをつくるCEPC計画の建設費は35億ドル(4,340億円)となる。
(注2)45TeVは初期のLHCの7倍のエネルギーとなるがこれは、LHCがアップグレードしたように後期フェーズ(SppC)の場合で、SppCの完成は2040年の予定である。中国の計画が壮大なのは万里の長城に代表されるが、SppCは35年後までが計画された壮大な超大型加速器である。
LHCの陽子・陽子衝突実験ではヒッグス・ボソンの他に多種類の粒子が発生するが電子・陽電子衝突ではヒッグス・ボソンとよくわかっているZボソンしか発生しない。そのため「神の粒子」と呼ばれるヒッグス・ボソンの研究には圧倒的に有利である。
計画の総責任者である中国科学院の王教授(一番上の写真)はCEPCとSppCは中国の科学者だけのものでなく世界の加速器に携わる研究者のためのものだという。中国の閉鎖性にも変化のきざしがあらわれたのかもしれない。しかしILCの建設費に比べて建設費は極端に安い。中国への工場進出は必ずしも安いものでなくなっているが、このコストでこの加速器が建設されるとしたら世界中の大型施設は中国立地を検討すべきかもしれない。CEPCの正念場は今年度に予算が承認されるかである。
ILCの原点は1990年代にKEKが提案したJapan Linear Colliderであるが、その後欧州と北米の同様の計画と融合されてInternational Linear Colliderとなった。その経緯からすれば日本が誘致するのは理にかなっているともいえるが財政負担が大きいため凍結された。しかし凍結の時間が長ければ(2030年まで長引けば)CEPCが動き出すので、出番がなくなる。すでにKEKを中心としてILC実験の準備は先行して進められているが、財政事情からすれば中国にヒッグスファクトリーを譲るのが得策なのかもしれない。ただし中国の経済状況も悪化していることもあり予断は許されないのが現状だ。