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欧州のCERNにある世界最大の円形加速器LHCはアップグレードを行い、加速エネルギーがほぼ倍増し、13TeV(テラは10の3乗ギガ)の陽子衝突実験を行えるようになった。アップグレード後、2カ月にわたる試運転を経て、今後3年にわたる第2フェーズの運転が開始された。
ここで狙うのは暗黒物質(Dark Matter)である。暗黒物質とは宇宙の知られていない物質95%の1/4を占めるが光学望遠鏡では観測できない質量を持つ未知の物質である。その候補としては超対称粒子「ニュートラリーノ」(注1)と考えられているが、その検証を含めた暗黒物質の手がかりをみつけることがLHCに課せられた次の課題なのである。
わずかな量の暗黒物質をつくりだすことができれば、多次元へ流れ出すと重力波の存在を仮定したモデルを検証することができる。CERNの研究者によれば暗黒物質をつくりだすのに必要なエネルギーでは「重力の虹」(注2)と呼ばれる理論の存在を検証することができると考えている。
Image credit: Virgo consortium / A. Amblard / ESA
モデルによれば6次元ではこのエネルギーは9.5TeV、10次元では11.9TeVとなるため、13TeVのエネルギーでの実験で調べられる。「神の粒子」とされてきたヒッグス粒子の発見という偉業の後、3年に及ぶアップグレードで休止していたLHCが次のテーマの実験に挑む。
(注1)暗黒物質が観測できないのは構成している(と考えられている)超対称粒子「ニュートラリーノ」と物質の相互作用の弱さのためだが、極めて微小な確率で原子核と衝突すれば、質量があるため原子核の運動エネルギーがまわりの物質に移動したり励起状態への無輻射遷移による温度上昇が起こる。その痕跡を丹念に拾い出していけば暗黒物質の存在を検証することができる。
(注2)LHCの過去の実験では5.3TeVまでのエネルギーであったが、ここまでの実験でブラックホールがみつからなかった理由は、「重力の虹」によるとする論文が発表されている。この論文では5.3TeVを超えるエネルギー領域において6次元空間にブラックホールがみつかると予測している。
A.F. Ali et al., Phys. Lett. B 743, 295(2015)
これまでブラックホールでは重力が強いためすべての粒子や光子は外部にでていけない(イベントホライゾン)とされてきたが、上記論文では「重力の虹」によって、イベントホライゾンを定義することができないことを示した。このことはブラックホールが観測できない(存在しない)ことを示唆する。
「重力の虹」は量子化された重力理論から生まれる新しい概念。アインシュタインの特殊相対性理論により素粒子には到達できる最大エネルギーが存在することを示すことができる(Doubly Special Theory, DSR)。DSRを重力理論で一般化したものが「重力の虹」理論とされる。
ところでアップグレードしたLHCが陽子衝突実験の範疇をでないが、次期計画のILCは電子-陽子衝突加速器なので、LHCでみえかくれする暗黒物質はよりはっきり観測することが可能になる。日本はILCを招致したが実施計画は凍結されている。サイトも東北北上山地に決まっているが、日本学術会議が慎重な姿勢をとっているからだ。1兆900億円の資金の調達には暗黒物質の解明同様に困難がつきまとう。
暗黒物質もブラックホールもSFの世界の話であったが、加速器科学はひとつづつ宇宙の構成要素と起源に近づいている。未来の人類が1兆900億円を賢く使ったといってくれる結果が約束されているなら価値のある投資だと思う。