テスラEVの評価が分かれる理由

19.04.2016

Photo: plugincars

 

テスラ社のEVに対する人気と裏腹に、自動車評論家たちが、(自動車メーカーを代弁するかのような)低い評価を下すのは何故だろうか。本格的なEVの普及を狙ったテスラ社の新型モデル3は同社の一足早く製造・販売されている兄貴分の車種モデルSの俊足DNAを引き継いだのだが、彼らにはどうやらそれが気に入らないらしい。EVは従来の車のスペックを超えてはならないとでも言いたげである。

 

しかしテスラEV(モデル3)が販売後1週間で33万台の快挙を成し遂げたことは動かしがたい事実である。購買心を掻立てるテイーザー広告や、CEOであるイーロン・マスクのTwitterや動画でのアピールで発売前の周知度は高かった。しかし簡単には車は売れない。購入したくなる魅力があったから予約金を払って33万人が予約したのだ。

 

同じカリフォルニア州に本拠地を置くアップル社のアイフォーンは201410~12月にアナリストたちの予想を覆し、前年度から販売台数が46%増しの7450万台を記録した。ジョブスが具現化した「未来のパーソナル・デバイス」アイフォーンの価値やジョブスの考え方に共鳴した若い世代が発売前から関心を寄せ大量販売を支えたのである。この時にも専門家は一様に驚いた。専門家が描く付加価値とは異なるところに消費者が価値を見出した。革新的であればあるほどメーカー的な思考に慣れた評論家には理解し難くなるようだ。

 

テスラ社EVの特徴を理解するには同社の代表格モデルS(標準的な90D)のスペックを国産メーカーの日産リーフと比較すると一目瞭然である。ロボット電気溶接を駆使した98%というアルミ化率のボデイーと自社製の高パワーモーターが特徴で、部品の社内製造率が高いテスラEVの製造はIoTとロボット化が進んだカリフォルニア州のテスラ・ファクトリーで行われる。そのキーテクノロジーはバッテリーにある。円筒型のパナソニックのPC用小型バッテリーをモデルSでは7,000個のモジュールを集合させてケースに収め、床下に搭載した。これにより高アルミ化率にもかかわらず、高い剛性を実現し低重心は高い運動性能に寄与している。

 

 

         テスラ社モデルS90D     日産リーフ

航続距離     557km            280km

加速       0-100kmまで4.4秒         9-10秒(公式発表なし)

トルク      660NM            254NM

最高速度     250km/h            145km/h

モーター出力   193kW             80kW

バッテリー          Li-ion 90kWh8年保証)            30kWh8年保証)*

単体価格           933万円              320万円

 

*現行型。次期モデルでは60kWhが採用され航続距離は500kmを超え、航続距離はテスラEVの量産型モデル3と同等になる。

 

この比較からテスラEV(モデルS)は日産リーフより3倍大容量のバッテリーと2.4倍高出力モーターを組み合わせて、約2倍の航続距離と運動性能を実現していることがわかる。製造コストの高いマルチセルバッテリーとしたことで3倍の価格差となる。またモデルSの車重は軽く2トンを超える。バッテリーパックにデイファレンシャルを組み込んだモーターと4輪を取り付けたシャーシ(下の写真)はには従来の車の概念はない。

 

 

Source: AVTOED

 

ここまでは単に高級なスペックのEVを富裕層向けに販売するニッチ路線と言える。しかしイーロン・マスクは「ジョブス的発想」で価格を十分に上回る付加価値を加えた。特に収入に余裕のある若い世代の(時代の先端よりちょっとだけ未来にいるような錯覚を持たせ)購買心をくすぐったのである。

 

その付加価値はデザイン(注1)とソフトウエアに代表される。テスラEVにしかない価値とはEV然としたデザインを払拭し、ガラスエリアの多いルーフやLED照明や各種センサを駆使した先進的機能を盛り込んだ「未来を先取りした車」のイメージにある。モデルSは世界で初めて17インチデイスプレイを装備し、オートパイロットと呼ぶ自動運転機能でいち早くハイウエイでの自動運転を可能にした。また自宅のガレージを自動で開けて玄関前に車をつける呼び出し機能など明らかに「近未来の車」がそこにある。

 

(注1)外観はフロントがジャガー、リアがマセラッテイと揶揄される。安っぽいフロントグリルなど批判もあるが、EVというイメージはない、ことこそが重要である。

 

テスラ社は高級車の価格帯にあるモデルSを年間5万台販売している。高級スポーツカーに引けを取らない運動性能に魅力を感じて購入した人もいるだろうが、スペックとデザインの先進性とイーロン・マスクの考え方に共鳴したテスラ・フリーク(注2)を作り上げたことがモデル3の人気につながった。好調なモデル3販売はテスラ・フリークが増殖したためである。専門家の言い分は「EV普及を考えるなら、大衆が購入できる車を販売すべき」だが、実はそうではない。

 

(注2)アイフォーンを熱狂的に支持し販売に先立って動画でスペックやデザインを流出させ、話題性を盛り上げるアップル・フリークたちと全く同じ手法で、テスラ社の理念とEVのスペックや体験談がネットに氾濫している。ユーザーの一人はモデルS20km乗り倒した記録をアップしている。

 

ギミックという辛口評価もあるだろうが、魅力(付加価値)のないEVではここまで売れなかっただろう。またイーロン・マスクが述べているように普及型のモデル3を作るためには、ニッチ向けのモデルSとモデルXを先に出して利益を得ておかないといけなかった。技術者はいつしか市場調査と販売価格の枠の中で自由な発想を失い凡庸な車を作るようになった。評論家もまたその視点でしか評価できなくなっていった。若い世代が車に興味がなくなったのは当然である。

 

 

 

ここまで書いて実はテスラEVが売れる理由はもう一つあることを付け加えたい。テスラEVの急速充電にはスーパーチャージャーという高出力(120kW)急速充電ステーションが一定距離ごとに設置されているが(3,640か所)、一定の距離まで無料で充電できる。有料サービスに移行しても走行距離あたりの燃費はガソリンより低い。スーパーチャージャーでは80%充電が30分(注3)で済むが、それ以上の充電時間は苦痛になる。この点ではEVの枠を超えてはいないが、非接触チャージステーションを駐車場に設置すれば問題は解消できる。なぜならテスラEVはスマホアプリで呼び出せるので、チャージャーに車を置き去りにしてもドライバーが呼び出せるからだ。

 

 (注3)テスラ社はバッテリー容量が大きいので、80%充電を推奨している。このため過充電がによる劣化が少ない。充放電サイクルによる容量劣化は20万km走破で10%以下となる。