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これまで電子顕微鏡の欠点は電子線で試料が損傷を受けることであった。損傷の少ないX線顕微鏡の拡大率(空間分解能)は格段に進歩したものの電子顕微鏡には手が届かない。このほどケンブリッジ大学の研究グループが世界初となるヘリウム走査型顕微鏡を開発したことで、生体に損傷を与えることなく観察することが可能となった(Nature Communications 7, 10189 (2016))。ヘリウムビームは可視光と異なり試料を透過しないため、対象の形をそのままで観察できることにある。
これまで光学顕微鏡や電子顕微鏡では薄片にする前処理が必要で、生体の場合には損傷のない観察は不可能であった。電子顕微鏡では真空中に試料が置かれるため乾燥しなければならず、やはり損傷のない観察は不可能であった。ヘリウム顕微鏡を用いれば人体も傷つけることなく、そのば観察が可能になるので医学、薬学への応用が期待できる。
ヘリウム顕微鏡は中性ヘリウムビームを用い試料表面で散乱される原子を検出し、ステージを走査型顕微鏡の要領で捜査して散乱原子を計測しイメージング画像を得る原理である。
Source: Nature Communications
ヘリウム顕微鏡のもうひとつの特徴はヘリウム原子が電荷を持たないため、物質との相互作用が小さく対象が電荷を持つ場合でも観察ができることである。電子顕微鏡では対象が絶縁体である場合にはチャージアップを防ぐために薄いカーボン膜を蒸着して表面の導電性を良くする必要がある。このため例えば動作中の電子回路の観察が可能になるため、電子材料、デバイスの評価にも広く応用が期待される。
これまでも希ガスイオンを加速してエッチングなどに用いる応用はあったが顕微鏡への応用はこの研究が初めて。イメージングの世界でゲームチェンジャーとなる可能性がある。電子顕微鏡の研究開発は英国の大学、ケンブリッジ、オックスフォードを中心に周辺のスピンオフ企業で精力的に行われている。ケンブリッジ大学の研究チームは開発に20年を費やした。地味な研究分野だが大学の近くの工業団地にはスピンオフ企業の開発拠点があり、大学のテクニシャンや引退した研究者が開発を続けている。そうした努力がやがて実を結び先端技術を生む。短期評価で研究者を締め付ける風土ではこのような長期にわたる開発研究は不可能である。