英国が独自にステルス戦闘機を開発する理由

19.07.2018

Photo: bbc

 

英国が計画している次世代戦闘機テンペストのモックアップモデルが7月16日から始まっているファーンボロエアショーで発表された。英国のウイリアムソン国防長官は、現在配備されている欧州共同開発の戦闘機タイフーンの後継機となるテンペストは有人でも無人機として運用できる世界初の試みになることを強調した。

 

タイフーンは英国名であり欧州共同開発のユーロファイターの別名である。タイフーンは欧州の要求する地域防衛のための攻撃用途にも使えるマルチロール機で、高度な火器管制システムやアビオニクスを搭載することや準ステルス性を有するため第5世代に近い機体である。そのため後継機となるテンペストには第6世代として通用する性能が要求されている。なおタイフーンもテンペストもネーミング的にはリユースで、古い戦闘機の名前に託して英国航空産業の復興を願う心情が込められている。

 

英国が独自に次世代機を開発する理由

次世代機の開発および製作にはBAEシステムズ、エンジンメーカーのロールスロイス、イタリアのレオナルド、ミサイルメーカーのMBDAが参加している。ウィリアムソン氏は、2025年までに20億ポンドを投入するとし、2035年にはテンペストの初飛行を目指す。写真は公開されたモックアップ(実物大模型)で外観はタイフーンの延長上にある印象で、現段階では概念設計であり細部の設計は開発プロジェクトでの詳細設計で変更が予想される。

 

ブレクジットに揺れる英国だが、テンペスト計画の推進は英国民の団結力の高揚に一役買うかもしれない。なぜならハイテクの塊といえる次世代戦闘機の独自開発は米国およびフランス、ドイツと距離を置く独立意識のシンボルとなり英国航空機産業の継続性につながると同時に自国の空域確保に役立つ一石三鳥となるからである。また英国はクイーン・エリザベス級新型空母2隻の建造計画で海軍力の近代化に力を入れている。英国は地域防衛だけではなく、インド洋、ケイマン諸島、ヴァージン諸島、ジブラルタル、バミューダ諸島など英国の影響力の強い遠洋への有事の際の派兵能力が必要なためである。

 

乱立する次世代戦闘機開発

現在、フランスとドイツの最新の戦闘機プログラムから除外されている英国は、独自にあるいは他の国とのパートナーシップを形成して戦闘機開発を進めなくてはならない。すでに欧州の戦闘機開発はフランスのダッソー社が主導して、ドイツ企業との共同で次世代ステルス戦闘機開発を先行させている。その他にも独自に戦闘機開発能力のあるスエーデンも新型戦闘機の開発を目指している。

 

またロシアと現在最先端に位置するSu-57の共同開発を途中で破棄たインドが、独自に次世代戦闘機を開発中である。その他にもカナダ、韓国、日本にF-35以上の性能を持つ次世代戦闘機開発を目指した動きがあることを含めると、世界各国が次世代機開発に激しい競争を展開している。米国の圧倒的な開発能力と同盟国に採用させる強引な外交パワーの実績からすれば意外な動向に見えるかもしれない。

 

これまでは西側、東側がそれぞれ米国、ロシアが主導して開発した戦闘機を導入するのが普通だった。独自開発の背景には先端技術のキャッチアップが容易になったことがある。またグローバリゼーションによって適切な機材を輸入して自国技術を補完できることも大きい。さらに戦闘機開発の重点が高い運動性能からアビオニクスと統合火器管理システムにシフトしたことで、運動性能の鍵となるエンジン開発能力が米国に及ばない国でも、次世代戦闘機の製作が現実的になった。

 

米国戦闘機開発能力に暗い影

一方で米国側にも開発能力に黄信号が灯っている。高騰する価格、開発の遅れ、同盟国への輸出禁止措置で信頼関係の喪失などで、従来の米国製の絶対的優位が揺らぐようになった。事実、英国や日本、韓国など米国の第5世代F-35ステルス戦闘機を購入しながら、並行して次世代戦闘機の独自開発を目指す国が増えている。本命であるF-22を補完するF-35の仕様が自国の国防条件に合わないことや、F-35の構成要素のブラックボックス化で自国のライセンス生産のメリットが低いこともあるが、F-22の採用を疑問視する意見も多い(注1)

 

(注1)より先進的であったノースロップ・グラマン案のYF-23を抑えてロッキード・マーチン社案のYF-22が採用された。両機のコンペでは垂直尾翼レスの設計などYF-23の先進性は明らかで、試験飛行にあたったパイロットの評価も高かったが、採用されなかった経緯がある。今回発表されたテンペストもYF-23の垂直尾翼レスとなる設計が踏襲されたことで、YF-23の先進性が改めて認識される。

 

第6世代機開発のプラットフォームとして

F-22やF-35、Su-57に代表される第5世代戦闘機の概念は、1981年にアメリカ空軍から提案された先進戦術戦闘機計画に始まる。この提案によれば、「敵よりも先に発見し、先に(複数の敵機を)撃墜する」という条件を満たすよう規定されており、高度な火器管制装置とステルス性が要求される。

 

第6世代戦闘機の概念は第5世代戦闘機の発展形で、交代時期は2025年から2030年に最初の第6世代機が登場するとされ。長距離兵器やネットワークによる情報共有で支援される高度な火器管制装置によって運動性能の要求は重要でなく、超長距離兵器に依存するマルチロール機でレーザー兵器搭載や、無人ミッション機能などのオプションが想定されている。現時点での第6世代機の概念や基本性能は明確ではない部分が多く、第5世代後期の新型機開発に委ねられている。

 

公表されたテンペスト計画ではこれらの先進的機能が満載される予定だが、実際に全てを搭載することは不可能とする専門家もいる。テンペストの設計思想には(第6世代の)先進的な機材が交換によってアップグレードできることが含まれる。つまり第5世代機には第6世代機の開発プラットフォームとしての側面もあり、そのための重要な能力が無人化ミッション能力である。

 

運動性能で世界の頂点に立つSu-57が初飛行しても、本格的なロシア空軍の配備の予定は立たないのは高度な火器統制システムの開発に時間がかかっているとされている。機体製造よりも電子回路、センサー、ソフトウエアなどの新規要素開発の比重が高い。Su-57に無人機対応の装備の試験を行っているという最新情報を踏まえると、第6世代機開発プラットフォームとなる第5世代戦闘機を開発しなければ第6世代機は見えてこないということになる。

 

高まる戦争リスクに備える英国

今回の発表に際して英国は世界情勢が戦争と紛争のリスクが高まっていると分析した上で次世代機の開発を必要性を訴えた。またフランス、ドイツもロシアを想定して国境防衛の危機感を強めている。危機感が高まる世界情勢の中で、英国同様に、海洋国である日本の防衛構想にも変貌は避けられない。

 

様々な議論があるがはっきりしているのは、第5世代機の開発がなければ第6世代機はつくれないこと、開発しない場合は輸入の選択肢しか残されていない。防衛問題を越えて航空機産業の死を意味する最悪の状況を英国は威信にかけて回避せざるを得なかった。今回のテンペスト開発決断は日本のF-3後継機開発戦略にも影響を与えている。実際、日本の次世代機開発にはYF-23改良版やテンペストも候補に上がっている。

 

 

関連記事

日本がステルス戦闘機を開発しなければならない本当の理由

 

 

©Copyright 2014 Trendswatcher Project All rights reserved.
このホームページの内容の著作権は、Trendswatcherプロジェクトに帰属します。無断での複製、引用または転載等を禁じます。