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メリーランド州ベテスダ国立癌研究所(NCI)の研究チームは、乳癌細胞が臓器の他の部位に休眠し時間を置いて再発するメカニズムを明らかにした(Vera-Ramirez et al., Nature Comm. 9: 1944, 2018 )。研究チームは、ヒト細胞と生きたマウスを用いた実験で、薬剤や遺伝子操作でこのメカニズムを無効にすると、癌細胞が損傷しその増殖能力が阻害されることを見出した。
この発見は、乳癌治療の有望な標的を提供すると期待されている。乳癌の死亡する患者の90%は、(湿潤性)癌細胞がリンパに定位し他の臓器や身体の一部に転移が進行することによる。研究チームは、癌細胞が何10年に渡って休眠したのちに、何が彼らの再発を引き起こすのかを研究した。
癌細胞の冬眠に手を貸すオートファジー
研究により乳癌細胞は、オートファジー(注1)と呼ばれる細胞プロセスを利用して、長期間患者の中で生き残り長い休眠から覚めて突然牙をむくことがわかった。オートファジーは、細胞が正常であるか癌性であるかにかかわらず、内部の構成要素が再構成され、ストレスが多い栄養不足の環境で生き残るときに発生する。これにより、細胞機能が部分的に停止し、一種の冬眠状態に似た状態になる。
(注1)自食作用とも呼ばれる。細胞内での異常な蛋白質の蓄積を防いだり、過剰に合成したときや栄養環境が悪化したときにリサイクルで急場をしのいだり、細胞質内に侵入した病原微生物を排除することで生体の恒常性維持に関与している基本的な緊急退避的な調整機構。この分野の研究で2016年、大隅良典教授がノーベル生理学・医学賞を受賞した。
従来の抗癌剤の多くは、分裂細胞を標的とするように設計されているが、休眠細胞は活発にまたは頻繁に分裂していないので、これらのタイプの薬物に耐性があると考えられている。つまり癌細胞は冬眠で活動低下するので分子標的薬剤から身を隠せることになる。
癌細胞は身体のどこかに隠れている場合は、放射線などの局所的な治療も無力となる。つまり転移後に全摘出手術をして全体を放射線治療しても危険な癌細胞がどこか別なところで冬眠に入れば、どうすることもできないということになる。
またこの研究では休眠乳癌細胞をマウスに注入し、半数は自食作用(オートファジー)を抑制する薬物を与えられ、他の動物はプラセボなどの化学療法薬物を投与した。またこれとは別に、オートファジーを制御する遺伝子を修正した。両者のアプローチは、癌細胞の生存率を低下させ、その転移を制限した。
将来的には臨床試験を実施する必要があり、この発見が乳癌以外の癌にも適用されるかどうかは不明である、乳癌治療の基本的な戦略が進展するものと期待される。
Credit: Nature Comm.