Photo: news.com
マンチェスター・アリーナのコンサートでの自爆テロは死者数は22名、負傷者60名近くの惨劇となった。犯人は爆弾を詰めたリュックを背負い爆破したとみられるが、現場の詳細な調査から不可解な事実が明らかになっている。
リークされた爆発現場の機密情報
爆弾の構造が複雑で専門家集団による犯行である可能性が高まった。事件後にリークされた犯行現場の写真はすでに国外に逃れたアルカイダの爆弾製造専門家と犯人(サルマン・アベデイ)とのつながりを示唆している。
爆弾の破片の写真解析により爆弾の後端に小さな起爆回路が半田付けされていた。これはアベデイ容疑者が自分でスイッチを押せない状態でも、遠隔操作あるいは時限装置で起爆できる爆弾が使用されたことを示唆している。また爆弾は殺傷能力を高めてあったために犠牲者が増えた。金属破片を含む衝撃波で周囲にいた若者が犠牲になった。
米国情報機関と英国捜査当局が共有していた現場写真がニューヨークタイムズ誌にリークされたことについて英国政府内部は機密情報の漏えいにあたるとして困惑している。というのも英国捜査当局はアベデイ容疑者の背後に爆弾テロ専門家集団がいるとみて捜査を行っているからである。
高度な起爆装置
爆弾の起爆装置はアベデイ容疑者が左手に握りしめていたが、仮りに起爆装置の動作前に容疑者が手を離しても爆発する「Deadman Switch」、時限装置もしくは遠隔操作で確実に起爆するようになっていた。この点が7月7日の爆弾事件と大きく異なる点である。起爆の電源に使われたのは日本製のバッテリー(ユアサ12V、2.1A)(注1)であったことも、従来の爆弾と異なる点。この手の複雑な構造の爆弾製造は専門家が必要である。英国内では軍隊の協力を得て現在犯行組織の捜査が行われている。通常の手製爆弾は鉄パイプなどの密閉性を高めた金属容器に爆発物を詰めるが、殺傷能力を高めるため釘などの金属破片を外側に配置することがある。今回の爆弾ではボルト、ナットが用いられた。
(注1)報道では非常灯用としているが、写真からリサイクルのできない鉛畜電池であることがわかる。12V用となればバイク用の鉛畜電池の可能性が高いが、ユアサの市販製品は12Vの規格は2.0Ahなので2.1AhだとOEMなど市販以外のルートかもしれない。いずれにしても相当重くなるのを覚悟で鉛蓄電池を使用した理由が謎である。いずれにしてもバッテリー情報は捜査上重要な情報であったはずだ。
捜査当局が爆弾の部品の製造元に関する情報は最も公開したくなかった事項である。かつてパンナム機がスコットランド上空で爆弾で墜落した現場では、たった1個のIC部品から爆弾が仕込まれた東芝製のラジカセが特定され、販売ルートから犯人が割り出された。捜査当局はユアサのバッテリーが使われていた機器の販売ルートを調べていたと思われる。
国境を自由に越えるテロリスト
アベデイ容疑者と同じ通りに住んでいたアルカイダに属するアブド・アゾウズ容疑者(50)を米情報機関も爆弾製造専門家としてマークしていた。彼らはリビアのカダフイ政権を逃れて英国に移住していた。アブド・アゾウズ容疑者は2009年に英国を離れパキスタンのテロリストキャンプで訓練を受けたこともわかっているが、なぜ入出国できたのかも謎である。
今回の爆弾テロは氷山の一角にすぎない。背後には欧米とテロ拠点をつなぐ強力な実行組織が存在する。主要な実行犯の挙動が把握されているにも関わらず、英国に出入りが可能であった事実は、英国を目指す移民申請者集団に紛れ込むことが容易であることを物語っている。その後、リビアで容疑者の弟と父親が身柄を確保された。家族の一員がテロリストであることを父親も見抜けなかった。目的(ジハード)のために家族さえ知らずに行動するテロリストを食い止めるのは国境警備と管理しかないのかもしれない。