室温で動作する単一電子トランジスタ

17.07.2017

Credit: Christian Klinke, University of Hamburg

 

電子回路(演算回路)の主役は未だにシリコン素子(トランジスタ)だが演算能力の向上の要求はとどまることがない。微細加工によるチップの高密度にも発熱と材料の物性限界(トンネル効果)によって、翳りが見えてきた。材料の持つ限界を打破するために、スピントロニクスなど電子輸送に依存しない新原理のデバイスに期待がかかる。

 

一方、スケーリング(大量生産によるコスト低減)の面でシリコンチップ製造技術と整合性が要求されるため、従来の電子回路にも単一電子素子(注1)などの新原理トランジスタの可能性も残されている。ハンブルグ大学の研究グループは金属ナノ粒子を用いて室温で動作する単一電子トランジスタを製作し、その動作確認に成功した(Science Advances 3:e1603191 (2017))。

 

(注1)単一電子素子では電極にバイアス電圧をかけることで、バイアス電圧分だけ相対的に電極のフェルミ準位が下がり、エネルギー準位と同じレベルになったところで電子輸送が可能(ゲートオン)になる。

 

金属ナノ粒子は粒径が一定の値(数nm)より小さくなると、局在化した電子のクーロン反撥で半導体的な性質を持つようになる。今回の研究で用いられた新原理ではこのギャップに電場をかけて電流のオンオフ作用(ゲート)機能を持たせるも。

 

従来のトランジスタに比べてナノ粒子化によるギャップ発現を利用する擬似的半導体素子(クーロン・トランジスタ)では、印可電圧で半導体特性を制御できる上に、基板上に成長させたnmオーダーの極薄膜デバイスとなるため、従来素子と比べて発熱も小さくでき、また製造プロセスも簡単になる。

 

 

Credit: Christian Klinke, University of Hamburg

 

ラングミユア・ブロジェット法でナノ粒子を基板上に成長させて製作した単一電子クーロン・トランジスタ素子で室温までの温度領域で90%のトランジスタ動作とクーロン振動(注2)が確認された(上図B)。提案されたクーロン・トランジスタの特徴は湿式(コロイド)のナノ粒子制御技術(ラングミュア・ブロジェット法)を用いるため露光技術との整合性に優れておりスケーリングに不安がないことである。またギャップ、しきい電圧、クーロン振動の制御性に優れている。

 

(注2)単一電子素子でゲート電圧をかけてクーロン・ポテンシャルを変化させ、第2の占有準位を利用してゲートオンさせる時にドレイン電流-ゲート電圧特性に現れる振動。下図はナノワイヤートランジスタ接合で観測されるクーロン振動(例えば J. Applied Phys. 109, 084346 (2011))。

 

ラングミユア・ブロジェット法は分子間力で分子を配向させる技術で、分子デバイスの有力な製造方法として各国で精力的に研究が行われた。外部電場でそのギャップを制御して、金属と半導体のスイッチングを行うアイデアはナノ科学ではよく知られていたが、ラングミユア・ブロジェット法でナノ粒子単一電子素子の製造が可能になった。ナノ粒子による単電子トランジスタのスケーリングを可能になれば、シリコンチップの限界を越える低消費電力、低発熱のICチップ量産技術となると期待される。