人工光合成の新触媒

09.10.2017

Photo: azom

 

ブルックヘブン国立研究所の研究グループが人工光合成の鍵となる化学反応を助長する新しい触媒を開発した。この反応は光による水分解(水の酸化)反応で光エネルギーで水分子からプロトンと電子を生み出すものである(Shaffer et al., J. Am. Chem. Soc. online Sep. 24, 2017)。

 

研究グループは高反応効率の光合成を可能とするシングルサイト触媒(全ての反応が触媒表面で起こる触媒)の開発に成功、実用的な水素製造技術の進展が期待できるとしている。

 

水分解が困難な理由は水素原子と酸素原子の間の強い共有結合にある。分解反応を効率よく進めるためには、下式のように水素をプロトンと電子に分解しなければならないが、それにはエネルギー障壁(E0)を超える必要があり、外部からのエネルギーと触媒が必要になる。

 

2H2O → O2 + 4H+ + 4e−, E0 = 1.23 V

 

研究グループが開発した新触媒は昨年開発したシングルサイト触媒を元に計算機シミュレーションによって分子内部(コア)に金属原子を有する触媒を最適化し水分子から2個の電子を抜き取り、プロトンと活性状態にある酸素原子を得ることに成功した。

 

鍵となるのは電子の引き抜きとプロトン脱離を同時に行うことで電気的中性を保つことである。このためリン酸基をルテニウム金属原子にリガンドとして配位させて、塩基性を持たせプロトンを引き寄せるようにした。一方、水分子を活性状態に保つためにルテニウム金属を触媒分子の中心に固定する必要があるが、リン酸基は金属との配位結合が強すぎて、水分子との反応性が低下する問題が生じた。

 

そこで研究グループは片方のリン酸基を結合の弱い炭酸塩基に変えたところ、水分子と中心金属の反応を阻害することなく、水分子分解反応が進むことがわかった。つまり強い塩基と不安定な塩基を両方配位させることで触媒と水分子の反応性を損ねることなく、電子の引き抜きを行う触媒が実現した。分子軌道法による計算機シミュレーションは触媒設計に欠かせない存在となっているが、この研究でも威力を発揮した。

 

 

Credit: BNL

 

新型触媒によって毎秒2~3個の水分子を分解し水素と酸素を製造することが可能になった。このことは水素を燃料とする燃料電池の本格的な普及に弾みがつくことになる。政府主導の水素社会構想や日本の自動車メーカーの独壇場であるFCVについて、一部には世界的なEV普及の潮流に逆行するとの批判もあるが、それは短絡的な見方である。

 

EVが単に動力源を電力とするだけで発電には一切関わらない、エネルギーを消費するだけの技術であるのに対して、太陽光で水素製造する技術はエネルギーを作り出す技術であり、FCVは電力を消費するだけの技術でなくなるからである。このことがわかっているからイーロン・マスクは脅威を感じてトヨタのFCV戦略を批判したのである。