Photo: cleanenergynews
何度かEVについて記事をかいてきた。当初はテスラEVを例に国内企業のEVとの差から読み取れる、国内産業のEVという新技術に対する対応能力の違いに焦点をあてた。
次にEVが発電も含めればエミッションゼロではないことにふれた(EVだけに未来を託せない理由)。その後、この問題を取り上げる評論記事が相次ぎ、EVと内燃機関の車(ICE)は発電を火力に頼る場合、エミッションに関してはそれほど差がない、ことが認識されている。現在は主に国内企業がEVシフトに出遅れたとする危機感よりも、現実的にはEVがICEを置き換えることは難しいので、車の駆動方式は多様性を持って取り組んでもよさそうだ、という状況に落ち着いている。
ここではEVが完全にICEを置き換えることが、不可能である理由について考察してみる。
ガソリン自動車の消費する石油量
2013年度石油製品の国内需要(今日の石油産業2015、石油連盟)によれば国内の自動車(ICE)が消費するガソリンと火力発電に使用される各種石油製品は次のようになる。
自動車 ガソリン 55,326 103 kL
発電 軽油 212
重油 14,630
原油 11,293
これらはゆるやかな減少傾向にあるが、2017年度も大きな差はないのでここではこの数値を用いることにする。この統計では2013年度の自動車で消費されるガソリン量は 5.5326 x107 kL/yearとなる。
ガソリン乗用車全体の10・15モード燃費平均値(2012年度、国土交通省)は21.1 km/Lなので、平均燃費としてこの数値を用いると走行距離に換算すると21.1x55.326x109 km/y=1.167x1012km/yとなる。
EVが消費する電力量
EVの燃費にあたる電気容量kWhあたりの走行距離は、日産リーフ(新型)では、400km/40kWhとなる。これはkmあたりの電力消費量は0.1kWh/kmということになる。もちろんバッテリーの性能は進歩が著しいので将来的にはより高性能のEVも現れるだろうが、量産EVとしては標準的な数値と考えられるだろう。
一方、ICEの走行距離1.167x1012 km/yはを電力に換算するとどのような数値になるのだろうか。ここでkWhに換算して年間の電力消費量はkWに8.76x103を乗じた数値になるので1.167を大雑把に1とすると1x1011 kWh=1x102TWhとなる。1TWとはききなれない単位だが1TW=1000GW=106MWである。近頃みかける1TB(テラバイト)のハードデイスクは1000GB、ハイエンドのスマホがその10分の1、128GBと考えれば見当がつくのではないだろうか。
100TWhがどの程度の電力消費量なのか
国内の年間電力消費量は大雑把にいうと~1000TWhで、国内ICEを全てEV(日産リーフ)で置き換えたとすると、国内電力消費量の10%になるということである。
ところで原発一基の発電能力は標準的なPWRで~1000MWとなる。敦賀原発2号機PWRでは~1,140,000kW=1140MWの発電能力となる。目一杯に稼働したときの供給電力容量は8.76 x 103 x1000MW=8.76TWhとなる。
つまり100TWhの消費電力とは1000MW原発11.4基分ということになる。ちなみにどのような計算をしたか不明だが、英国では全てのICEをEVで置き換えた際の消費電力は原発10基分と評価されているので、誤差を考えればオーダーは同じ結果と考えて良い。また実際にはバッテリー容量より必要な電気容量の方が10%以上多い。さらに変電と送電ロスを含めれば、120TWh以上とみるべきだが、あえて簡単のために100TWhとしている。
ただしEVのバッテリーには充放電効率があり、充電電気容量と放電電気容量には差があある。Liイオンバッテリーをフル充電から10%まで使ったとき、平均で85%なので15%余分に電気容量が必要になる。さらに自然放電があるので放置しておいたEVには再充電する必要が生じる。これらを加えると実際には120TWhは144TWhくらいとみておくべきだろう。100TWhというのは控えめな数値になる。
発電能力と電力網に限界
では原発を10基、新たに建設すれば問題は解決するかといえば原子力推進派には好都合かもしれないが残念ながらそうではない。仮に新規原発が住民の反対を押し切って建設された場合でも、送電網の能力を向上させて全国的に受電が可能にしなくてはならない。送電網がすでに飽和していることは再生可能エネルギーの売電に影響を与えるほど深刻な問題なのだ。インフラ整備にかかるコストと原発10基建設に要する費用は5兆円を大きく超えるが、反対住民対策や送電網の増強も考慮しなければならない。また原発から遠くなれば送電ロスは無視できなくなる。ここで指摘するように実際には電力不足よりも脆弱な送電網がEV化のネックとなる悲観的な論調も増えてきた。
Credit: Bloomberg
実はICEと大差ないEVのエミッション
ところで石油発電のCO2排出量とICEの排出量の差はどうなのだろうか。つまり開き直ってゼロエミッションやめて発電を火力にして燃焼という土俵に立ってEVとICEを戦わせたらどうなるのか。詳細は省くが石油発電は施設・運用を含めて738gCO2/kWhとなる。これにガソリンの二酸化炭素排出係数2.32 kg-CO2/L(環境省)を用いると石油発電の電力換算でICEのリッター換算でのCO2排出量は2.27kg/Lとなる。
実際にはICEには排気量、石油の種類(ガソリン/デイーゼル)、HV/PHV)で燃費は幅があるし、EVにもエネルギー効率に差がある。しかし大雑把には火力発電を前提とした時、ICEに対するEVの優位性はないということである。EVに乗ればゼロエミッションだというのは自己満足にすぎないのである。
破壊的イノベーションにならない
原子力推進派はそれみたことか、といいそうだが現実的には先進国では新規原発の建設が順調な国は皆無である。結局EVの優位性が無いとすると先進国が国策としてEVシフトに走る理由は何か。様々な因子があるに違い無いが、この手の社会全体に影響する新産業育成はノベーション」と呼ぶそうだ(Clayton M. Christensen, The Innovator’s Dilemma)。自動車産業と石油業界が成熟し経済牽引のエンジンとはならなくなった現在、EVを成長が期待される新産業として迎え入れることで、経済成長の駆動力したいのかもしれない。荒唐無稽の火星移住計画や超高速輸送なども(「破壊的イノベーション」となり得るかは別として)結局は新規産業創出とみれる。
Credit: Clayton M. Christensen, The Innovator’s Dilemma
惑星移住が日常化した未来社会を描いたSF映画の「ガタカ」では道路を走るのは全てEVで、聴覚障害を持つ主人公が車を避けながら横切るのが難しい状況が描かれている。しかし近未来がそうなるかといえば、完全なEV化は不可能といえるだろう。実際、補助金に依存したEV販売には限界があり、補助金や無料チャージといったメリットが無くなれば、ユーザーがICEを捨てて自発的にEVを購入することには無理がある。政治主導のEVシフトはいわばゲームルールを変えることに等しい。EVにのみ固執しないで、駆動エネルギーに多様性を許容する日本のメーカーは頼もしい。
エネルギー源を石油にしようが電気にしようが、つまりICEでもEVでも、エミッションの観点からすると白黒つくものではなく、現在のエネルギーミックスを反映したものにすぎない、ということである。EVが新産業で発展すれば経済牽引に結びつくことは確かなので、完全なEV化がありえない、という意味は(エネルギーと同じように)駆動方式には多様性があるべきだ、という意味である。「水素社会が絶対に来ない」わけではなく、すでに一部、水素をエネルギーとしてFCVが走り出していることは事実だし、カーボンニュートラル燃料を空気から製造する技術も研究開発が進んでいる。EVカラーに塗り替える必要はない。
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