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ノースカロライナ大学マクアリスター心臓研究所の研究グループは単一細胞RNAシーケンシング技術と数学的モデルに基づいた遺伝子操作と化学的手法で線維芽細胞が心筋細胞に変化する過程を分子レベルで明らかにした。研究グループは再生医療のひとつである生体内心筋リプログラミングと呼ばれる手法を用いた(Liu et al., Nature online Oct. 25, 2017)。
心筋梗塞で損傷を受けた心筋を回復させることができれば、多くの命を救うことができ、心臓病や再生医療のゲームチェンジャーとなる。これまで損傷を受けた心筋の線維芽細胞を心筋細胞に変えることができることは知られていたが、詳細なメカニズムは不明で治療に応用されることはなかった。
胎児では幹細胞から様々な異なる機能を持つ細胞が派生するが、これらの細胞は最終形で他の細胞に変化させたり胎児の未発達の状態に戻すことはできないと考えられてきた。最近の研究で体細胞を別の細胞変化できる多能性状態に戻すことができることがわかってきたが、同時に多能性状態や前駆段階を経ることなく、直接別の細胞に変化させる方法も研究されていた。
生体内心筋リプログラミング
研究グループは生体内心筋リプログラミングを過去数年にわたって改良し、心臓の非筋細胞を心筋細胞によく似た細胞に変えることに成功した。心筋リプログラミングでは細胞全体が同時に変化するわけではないため、リプログラミングが完了した細胞とそうでない細胞が共存する。研究グループはマイクロリアクタ(注1)による単一細胞RNAシーケンシング技術で細胞の転写産物 (mRNA)の全体像を解析した。数学的処理でリプログラミング過程の細胞亜集団を特定し心筋細胞へと変化するすべての過程を分子レベルで記述することに成功した。
(注1)一般にはmicrofluidicsと呼ばれる。日本語語表記でリアクタとなるのは微小空間の化学反応への応用が先行したため。
研究グループは心臓発作で損傷を受けたヒト心筋線維芽細胞の増殖が時間とともに減少すこともリプログラミングと関係すると考え、心臓疾患の治療に研究で得られた知見を役立てたいとしている。細胞発生上での遺伝子機能変化は新しいものほどリプログラミングさせやすいため、遺伝子機能変化のみならずいわば細胞の記憶を制御すること鍵となる。
研究グループは遺伝子がリプログラミングで変化する過程でRNAスプライシングの機能低下することや、Ptbp1と呼ばれるスプライシング因子の欠如すると心筋細胞が増えることを見出している。