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30年にわたる研究の末にブランダイス大学の研究グループは長期記憶に関わる分子、蛋白キナーゼ(CaMKII)を発見した(Rossetti et al., Neuron 96, 207 (2017))。記憶プロセスの鍵となる物質の発見によって、未解明の部分が多かった長期記憶のメカニズムの解明が期待される。
CaMKIIとは
CaMKIIの発見は記憶に関する脳科学の発展につながると同時に、化学的療法によって長期記憶の消去ができることを意味するため、学術的・医療の意義の他、社会倫理上のインパクトが大きい。CaMKIIはアルツハイマー病のメカニズムにも関係する物質で、アルツハイマー病では長期記憶が損なわれてしまうのか、記憶は残っていても情報を読み出すことがブロックされるのかは未解決の問題であったが、CaMKIIの理解が進めばこの問題も解明される。
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記憶はシナプスを介して脳神経がつながることによると考えられてきた。情報伝達はこのネットワークに流れる電気化学的信号で行われる。記憶は神経伝達系が強固になる結果で、特定の信号伝達系が発達すれば長期記憶となる。記憶には化学反応を起こす酵素の働きも必要であるが、記憶に関係する酵素は一週間程度しか持続しないので、長期記憶のように長い時間が経過しても信号伝達が妨げられないことが謎であった。
長期記憶に関連する酵素は1年以上(記憶が失われない範囲で)持続する必要がある。その酵素が失われた時に記憶が消失することになるので、長期記憶のメカニズムの理解はその酵素を特定することから始めなくてはならない。研究グループは1990年代にそれが、CaMKIIであると考えて研究を始めた。
「記憶物質」はCaMKII
CaMKIIが長期に存在できるのは一部が失われても他のCaMKIIが補填されるためとすれば、CaMKIIは脳内に潤沢に存在すると考えざるを得ない。研究グループはCaMKIIクラスタは一部が置き換わっても機能を損ねることない点に注目していたが、2009年にニューヨーク州立大学の研究グループが別の酵素、蛋白キナーゼPKMzetaが「記憶物質」であるとする研究結果を発表したことで、一時はCaMKIIの研究を中断させた。
研究グループはCaMKIIこそが「記憶物質」であることを証明するために、マウス実験でCaMKIIIの機能を停止させてみた。その結果、マウスの長期記憶が失われることを確認したことで、「記憶物質」の正体がCaMKII蛋白キナーゼであることが実証された。