Credit: Dheeraj Roy, Tonegawa Lab/MIT
学習と記憶は事象を解析し記録すべき情報を記憶領域に送る、情報の記録、情報の再構築の3つの過程を踏むと考えられてきた。MITの研究グループは2年前に逆行性健忘症のある例では記憶情報が再構築できない場合でも、書き込まれている場合があることをみいだした。これは記憶の3段階モデルでは説明できないが、このほど同じ研究グループは機能しない記憶痕跡が生まれて、記憶を再構築できるのかを詳しく調べた(Roy et al., PNAS online Oct. 23, 2017)。
書き換えられる記憶メカニズム
この研究結果は記憶が反復した記憶細胞同士の接続によるシナプス機能に依存するとした従来のお理解を見直す必要があることを示唆している。新しい研究では反復接続でなく事象が起きてから数分間の記憶細胞の接続パターンで記憶が生まれることを示している。
つまり記憶とは特定の記憶細胞接続パターンとして書き込まれることになり、従来のシナプス強化による記憶メカニズムを真っ向から否定する。また研究グループは逆行性健忘症で記憶が呼び戻せない場合でもシナプス生成を刺戟する特殊な蛋白質を処方することによって、記憶を取り戻すことも可能であるとしている。
これまで脳神経研究者はニューロン同士が情報通信するためにシナプス接続が必要で、その機能が強化されることと記憶が等価であると考えていた。マウス実験では事象直後に記憶細胞の必須蛋白が阻害されると長期記憶が残らないいという実験はこの仮説を支持していた。しかし2015年に利根川グループはその蛋白が阻害されていても、記憶が生じることをはじめて明らかにした(光遺伝学による刺戟で記憶を呼び戻す実験)。
研究グループは機能しない記憶痕跡ができる条件を探し、アルツハイマー症初期のマウスが記憶が書き込まれているにもかかわらず、読み出すことができないことをみつけた。また最近の記憶統合の過程の研究で、海馬の記憶痕跡と同じ記憶を前頭前皮質が再生することも示された。厳密には海馬と前頭前皮質の記憶痕跡は時間とともに異なり、後者が長期記憶を受け持つようになるために、記憶のメカニズムの誤った解釈につながった。
記憶メカニズムの理解が脳疾患治療への近道
最新の研究で記憶痕跡がつくられるメカニズムと持続性、再生についての詳しい知見が得られた。マウス実験で得られた知見はシナプス強化は事象を記憶要素に変換するために必要だが長期記憶には必ずしも必須のメカニズムではないとする新しい記憶のメカニズムが確立した。