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CERNのLHCは周長27kmの世界最大・世界最高エネルギーの陽子衝突リングである。ヒッグス粒子の発見で世界的に知られたこの加速器はその後もアッップグレードされて、次々と新しい粒子を発見している。このため今後10年間は世界の先端に位置することは確実だが、その先はどうなるのだろうか。
中国が建設する円形加速器や日本が主導する線形加速器(ILC)などがポストLHCとして計画されているが、いずれも従来の加速器技術の発展で技術的には延長線上にある。しかし大型加速器の建設コストは巨大化に伴って高騰し、先が見えない不況の影響で建設が困難になりつつある。このことをCERNも認めAWAKEプロジェクトで新しい加速器原理を模索している。
巨大化しすぎた加速器
従来型の加速器では電磁波(RF波)で荷電粒子(電子)にエネルギーを注入し位相を揃えて(いわゆる波乗りの原理)で加速する。しかしこの原理では電場の上限が~100MV/mで高エネルギー粒子加速器は全長が数10kmにも及ぶ。このため従CERNはプラズマ・ウエークフイールド(注1)と呼ばれるプラズマ加速原理による加速器の研究を進めている。プラズマ加速原理は強力な短パルスのプラズマで電場を作り加速するもので、わずか数cmの距離で1GeV以上のエネルギー電子を作り出すことができる。
(注1)CERNがAWAKEプロジェクトで目指すプラズマ加速には短パルスレーザーあるいは高エネルギー荷電粒子ビームをプラズマに打ち込む方式がある。前者はレーザー・ウエークフイールド加速(Laser Wakefield Accelerator, LWFA)と呼ばれ、レーザーパルスがプラズマ中を進行する際に局所電場がプラズマから電子を分離する原理で加速する。(Phys. Rev. Lett. 113, 245002 (2014))。CERNのAWAKEプロジェクトは高エネルギー加速器を用いたプラズマ加速を研究している。
Credit: Phys. Today, June 2003 page 47
図に示すようにパルスの後端の電子はイオンの方向に強いクーロン引力を受け、負電荷の塊がレーザーパルスを追いかけて光に近い速度でプラズマ中を動いていく。レーザーパルスの航跡に沿って生じる強力な電場勾配で電子が加速される。ここで電子をプラズマ中のレーザー航跡に作られる電場に打ち込めば、この原理で短距離で高エネルギー電子に加速することができる。
CERNのAWAKEプロジェクトは既設の加速器(SPS)の陽子ビームを用い、プラズマと陽子の相互作用で短バンチ化して打ち込む計画である。
プラズマ加速器の夜明け
最大のライバルとなるバークレイ研究所のBELLAプロジェクトは1GeVレーザー・ウエークフイールド加速ユニットを100個直列に並べて1TeVのエネルギーの電子・陽電子衝突実験を目指している。実現すれば、同じく1TeV領域(重心系エネルギー500GeV)の電子・陽電子(レプトン)衝突実験を予定しているILCにとっては衝撃的である。ILCは全長30kmで8,300億円の建設コスト。それ以上の性能をはるかにコンパクトで低コストのプラズマ加速器で実現できるなら大型加速器の意味がなくなるからである。
加速器方式、レーザーどちらもプラズマとの相互作用を増やすことがキーポイントで、そのためプラズマ密度の最適化やパルスビーム収束技術が課題となる。しかしプラズマ・ウエークフイールド加速により10-100ミクロン程度でGV/mの電場勾配が実現できるので、巨大な加速器がテーブルトップサイズで済む。財政的にも設置場所にも限界に達した従来型加速器の終焉が近くなったが一方では、新しい加速原理の時代が開かれようとしている。まさに「必要は発明の母」である。