EVの真価が問われる2017年

13.01.2017

Photo: roadtrack

 

EVの世界的な動向に最も影響を与えたのはテスラ EVであることは誰でも認めるだろう。EVに関する詳細は専門記事に譲り、ここでは世界的なEVの展開が加速する理由を考えてみたい。EVといってもテスラEVは動力性能を犠牲にしたエコカーではない。EV概念を覆す新鮮さと数々の先進的な装備が若い世代を魅了し、まるで車の世界のiPhoneのようにシェアを伸ばした。

 

テスラEVの最上位モデル(モデルS)の圧倒的なスペックから「テスラの考えるEV」がなぜ若い世代に受け入れられたのかが明確になる。

 

テスラモデルSP100D(最上位モデル)

価格 1,480万円から(注1)

モデルSP90Dからのアップグレードは115.2万円

容量100kWh

航続距離613km

0-100km 2.7秒

 

(注1)基本的な車両価格は60kWバッテリーで$55,000(約660万円)だが、実際の購入価格はオプションに大きく依存する。特にバッテリーのアップグレードは必須のようだ。バッテリーの温度管理で電力を使用する酷寒の北米では航続距離が低下するので冬季の北米では充電インフラ(スーパーチャージャー)間の往復距離をカバーできない場合があり、事前と運転中の充電インフラのチェックが欠かせない。実用的なEVの時代は60kWhのバッテリー容量を積むことによって始まったが、その口火を切ったのはテスラEVであった。EVの性能はバッテリー性能次第だが、開発にコストと時間のかかるバッテリーを自社内で開発せず、パートナー(パナソニック)に託したのがテスラ社が成功した理由の一つでもある。PCバッテリーの流用はPC需要の落ち込みを背景として苦しい状況に置かれていたパナソニックにとっても悪い話ではなかった。

 

 

優位に立つ充電インフラ〜スーパーチャージャー

充電インフラの中心はスーパーチャージャー(全世界に5085基、795箇所)と呼ばれる急速充電ステーションである。そのスペックはとんでもなく大出力(最大120kW)になる。電流値を上げられる初期充電時で例えば400V、300Aというとてつもない電力で、ステーションあたり平均6基の充電器で一箇所で700kWのDC出力をもつインフラを整備することは北米以外では容易ではない。スーパーチャージャーでも90kWhの80%充電に30分(走行距離270km分に相当)、100%に75分かかる。

 

モデルSの試乗レポートはネットに溢れている。車としての完成度に関して多少のネガテイブコメントがあるものの、そのスペックに関しては購入者に不満な意見を持つ人はいない。iPhoneが販売された当初の熱狂的な受け入れられ方に似ている。結局、環境に優しいEVとしてより、手軽に経験できるスーパーカー並みの動力性能と「斬新さ」に共鳴した人が多かったのだろう。日本のEは従来の車体の燃料タンクをバッテリーパックで置き換えた程度だが、EVの先端は巨大なバッテリーを中心に設計された異質な文化なのである。

 

普及型のモデル3のネット予約は40万台を受注したことが話題となった(最終受注数は37万台)。パナソニックと共同でカリフォルニア州に建設中のバッテリー工場(ギガファクトリー)稼働により2017年度に納車が開始される。なお現テスラEV所有者にはスーパーチャージャーは無料で解放されている。この「充電サービス」もすでに一部有料となり将来は課金される。もっとも家庭で充電することもできるが、夜間料金を使っても100kW充電を繰り返せば電気料金は相当な負担となる。この無料充電サービスの人気度は高くテスラEVの優位性は揺るぎないものにしている。

 

 

オプションで大幅に価格アップ

上級クラスのモデルSに比べて車両価格が手頃だと言われるデル3であるが、オプション価格を含めると下に示すように、決して格安EVではない。フルオプションを希望するユーザーは少ないだろうが、魅力ある装備(バッテリーアップグレード、オートパイロット、ガラスルーフ、4WDなど)は人気があり、それらをオーダーするとモデル3の北米の実質価格は$75,000(855万円)となり、一般の最新型中型セダンと競合する。

 

                              モデル3            モデルS

車両価格            $35,000(399万円)               $70,500(803.7万円)

フルオプション $97,000                                     $97,000

実価格                   $132,000(1504.8万円)             $167,500(1809.5万円)

セダン5名乗員

 

 

苦戦するテスラキラーたち

好調なテスラEVの販売が刺激となり世界中でEVの開発に拍車がかかった結果、2018年以降は競争力を持った他社のEVが市場に続々登場する。しかし結論をいえばテスラキラーとなり得るかといえばかなりの疑問符がつく。

 

GMシボレー ボルト

価格 $37,500

航続距離383km

バッテリー容量 60kWh

 

ボルトは航続距離はモデル3を上回るが、運動性能では逆にモデル3がボルトより上である。ボルトはリーフによく似たスタイリッシュなコンパクトカーとなる。しかし保証期間中にバッテリー容量が最大40%減少するという問題が浮上し、これが消費者に受け入れられるかは未知数である。また全米で31,000箇所の充電インフラが利用できるものの急速充電ステーションは405箇所しかない。テスラキラーとなるためには急速充電インフラを拡充が課題となる。

 

テスラキラーとして話題の企業、ファラデーフューチャー(FF)はマネージメント・財務が不透明で量産のめどが立っていない。FF社EVの特筆すべき仕様はバッテリー容量である。テスラ EVでもようやく100kWhに達した段階だが、こちらはオーバー100kWhを搭載する。デザイン的にも技術的にもテスラEVを上回る印象でだが、品質の良い量産体制とサービス部門が不可欠である自動車の世界では競争力は未知数である。

 

FF EVのスペック

FF 91

容量130kWh

 

モデルSの延長線上の高級セダンEVカテゴリに参入するLucid MortorsのAirは標準で100kWh、オプションで130kwhのバッテリーを装備し、計100hpの馬力で航続距離640km、0-100km加速2.5秒を目指している。価格も当初は$100,000(訳1600万円)とフルオプションのモデルS並となる。

 

FF91やAirはモデルSに競合し高級セダンEV市場を形成する。日本にはこのカテゴリも普及車カテゴリでも国際的競争力のあるEVはない。

 

 

そのほかのスーパーEV

なおEVの世界で最高の運動性能を目指すの上海の企業、NextEV社(NIO)のスーパーEV、NIO EP9は航続距離426km、最高出力1MW(馬力に換算して1,360hp)、0-100km 3秒以下の4モーターモンスターマシンとなる。それでも数値的にはテスラEVの最上位モデルに僅かにおよばないものの、スーパースポーツEVというニッチ市場向で存在感を示している。

 

ルノー社のTREZORは290kW(350hp)で1-100km加速が3.9秒、クロアチアのRimac Concept Oneは0-100km加速が2.6秒の811kW(1087hp)となる。Rimac Concept Oneは4輪に独立したモーターを与えトルクベクタリングで車を操り、ドライバーがオーバーステア、ニュートラル、アンダーステアまで自由に調節できる。これらのスーパーEVは限定生産だがオーバー1000hpのブガッテイより動力性能は高い。つまりEVの先端はすでに内燃機関とそのハイブリッドを凌ぐレベルに到達している。

 

 

日産リーフ

最近、バッテリー容量24kWhを30kWhにアップグレードして航続距離が実用的な300kmに近づいた。バッテリーモジュールは8セルモジュール24個、セル数192とテスラEVに比べれば簡単な構成だ。15,000箇所の充電ステーション、月額2,000円で充電し放題、30分で80%充電(急速充電器)となる。

 

リーフのスペック

航続距離280km

価格

30kWhモデル261万円(「クリーンエネルギー自動車等導入促進対策費補助金」)

24kWhモデル 246万円

 

 

初期のEVの航続距離が100マイル(160km)であったのに対し、テスラEVの切り開いたオーバー200マイル(320km以上)の実用性は斬新なデザインと装備によって若い世代の支持を受け、EVは世界的な市場になりつつある。日本もリーフのバッテリーのアップグレードによってようやくオーバー200マイルの世代に近づいたが、PHVから進化してきたEVと最初からバッテリー中心に設計されている世界のEVとに大きなギャップがある。技術的に追いつくことは困難でないとして、問題は伝統としてきた従来の「車づくり」の殻を破れるかどうかのフイロソフイーの問題になるのではないだろうか。

 

 

ゼロエミッションの意味

しかし日本では一部の企業が市販するのみでそのEVの性能は超保守的である。もちろん日常の足として十分なものを提供しながら価格を抑えるという戦略は立派なのだが、世界的に見れば、明らかにスペック(特に航続距離)の上で見劣りしそのため競争力が低い。進展の早いEV市場に対応したスピード感でEV開発を行わなければ、この市場を失うだろう。

 

新興企業が高いスペックのEVを簡単に開発している事実は、日本のEV開発のネックが技術的な要因ではないことを示している。政府補助金と連動しないと売れないという判断が最潮にあったのだろう。EVの先を見てFCVに全てを描けるのか、それともゼロエミッションをEVでクリアするのが先なのか。ちなみにEVもFCVも走るときはゼロエミッションとはいえ、エネルギーを得る過程では莫大なCO2排出を伴う。水素を自然エネルギーで製造して初めてFCVはゼロエミッションを達成する。その意味でEVは一つの過程でしかないし、FCVも水素を大電力もしくは火力で製造するなら真のゼロエミッションではない。

 

ちょうど原子力が運転時のみ排出量が少なく燃料のフロントエンド(ウラン掘削と濃縮精製)とバックエンド(使用済み核燃料の処理と保管)を考慮すれば、排出ガスの優位性は消える。またバイオマスのエタノール燃料も製造過程を含めたら環境に優しいエネルギーでなくなる。

 

EVの真価は発電を含めて排出ガスの削減につながるのかというところまで考えなければ意味がない。テスラ社は太陽光パネルの製造販売を手がける企業を買収した。将来、スーパーチャージャーへの供給電力を自然エネルギーでまかなえれば、またEV製造において排出ガスを出さなければ、真のエコカーと呼べるだろう。

 

同様にFCVも排出ガスの少ない水素製造ステーションが必要である。ホンダは水素製造ステーションの販売を手掛けている。スケールアップした充電インフラの整備に期待したい。