アンドープでグラフェンが超伝導に

22.01.2017

Image: sciencedaily

 

グラフェンは炭素6員環が2次元に結合したカーボンナノチューブを展開したような低次元物質で電気伝導度が高いためスピントロニクスなど先端電子デバイス材料として活発に研究されてきた。超伝導についてもこれまで様々な試みがなされカルシウムイオンをドープしたり超伝導金属上に成長させることでは超伝導が観測されていたが、アンドープすなわち金属イオンや欠陥を導入しない「素の」状態では、超伝導観測の報告はない。

 

このほどケンブリッジ大学の研究グループはアンドープでグラフェンが超伝導体となることを見出した(Nature Commun. 8:14024 (2017))。グラフェンの研究が盛んになったのは成長法が確立した2004年以降だが、電気的、熱的伝導度が優れ、軽量であるため先端材料として注目され世界中で基礎研究が行われている中で、ドーピングなしでの超伝導発現は画期的な成果である。

 

ケンブリッジ大学の研究グループはグラフェンをドープしない代わりにプラセオジムとセリウムを含む電子ドープ型ペロブスカイト(PCCO)超伝導体(注1)上に成長させた。PCCOは1986年に発見されたホールドープ型酸化物に並ぶ電子をキャリアとする高温超伝導物質として知られる。

 

(注1)(Pr,Ce)2CuO4などT’ペロブスカイト構造の電子ドープ型酸化物。還元雰囲気アニールで超伝導を示す。

 

 

今回発見された超伝導は古典的なs波超伝導(BCS超伝導)と異なりデイラックフェルミオン(Nature 43, 197(2005))によるp波超伝導体で、発見者はトポロジカル超伝導のパイオニアとして2010年にノーベル物理学賞の栄誉を受けている。

 

グラフェンの特異な電子状態(トポロジカル絶縁体)は当時から注目され、潜在的にはアンドープ超伝導も予見されていたが、グラフェン単原子層の超伝導発現に金属イオンドープもしくは他の超伝導層上への成長が必要であった。前者は日本の研究者による発見で炭素6員環あたり1個のカルシウムイオンというヘビードープによるもの(National Academy of Sciences USA 109, 19610–19613 (2012))であった。

 

ブレークスルーをもたらしたのはフレークでも精密な測定が可能なSTMを用いて超伝導が良く調べられているPCCOを基板としたことによって、グラフェン超伝導を分離して観測できるようにしたことである。

 

これまで日本の研究グループがルテチウム酸化物のスピン三重項超伝導(Rev. Mod. Phys. 75 (2003) 657-712)がp波対称性を持つと報告したが、一般的なp波超伝導の検証には至らなかった。下に示す今回の実験ではPCCO上のグラフェン単原子層の顕著な電子密度異方性が観測され、[001]方向にpy波的、[10]方向にpx的であることがわかる。

 

 

Crdit: Nature Commun. 8:14024 (2017)

 

1原子層を取り出して精密に物性が調べられるグラフェンの超伝導がp波によるものであることが確立されれば、新型超伝導を利用したデバイス展開が期待できる他、グラフェン・フレークに他の物質を成長させることによって新規な電子現象につながる。

 

ナノ科学で開発されたナノツールで物質に備わった潜在的なポテンシャルを引き出すことに成功した。グラフェンだけではない。今後も先端材料の成長、加工、計測というサイクルはナノツールなしには考えられない。ナノ科学も超伝導も原子を単位とした微視的サイエンスなのである。