英国の「合意なきEU離脱」でアイルランドが補償要求

04.01.2019

Photo: buzz.ie

 

 英国が合意なしでEUから離脱する可能性が高まるなか、その影響が英国を直撃するリスクが懸念されている。昨年6月に英国内の10万人以上の雇用を支えるエアバス社が「合意なき離脱」(ノーデイール)の場合、英国から投資を引き上げると警告しているが、今度は「合意なき離脱」北アイルランドの国境問題が解決できないとして、アイルランドはEUに数億ユーロの経済援助を要求すると警告した。

 

 アイルランドは、同国の牛肉、乳製品、漁業が英国の「合意なきEU離脱」の影響を受ける脆弱な分野だとして、経済損失の補填には数億ユーロの経済支援が必要だとしている。現在は北アイルランドとアイルランド国境は自由な行き来ができているが、英国のEU離脱でEU側のアイルランドと英国領の北アイルランドには経済圏の境界線が引かれ、関税障壁が出現する。これによって牧畜業と漁業は打撃を受ける。

 

 北アイルランドとの国境問題(注1)はEUと英国の交渉が暗礁に乗り上げている原因のひとつである。「国境なき国境」の現状維持を訴えるアイルランドのレオ・バラドカル首相はアイルランドが直面する経済的打撃を打開するため、国境見直しによる経済損失の補填を独自に要求した。メイ首相が非公開協議を続けているにもかかわらず、欧州委員会は英国とのさらなる交渉の計画はないとしている。補填要求は欧州委員会と再交渉でEUの譲歩を模索するメイ首相の要求が却下される見通しが強くなったことに対応したものである。

 

(注1)アイルランド国境問題とはイギリス領北アイルランドとアイルランド共和国の国境の問題で、現在、両者の間には地図上の国境はあるが、建物も検問もなく物理的な国境として機能していない。英国のEU離脱後、EUの単一市場も関税同盟も離脱することになるため、EU側は国境の見直しを行わざるを得ない。その具体案を巡って英国とEUが争っている。問題を複雑にしているのはメイ政権を支えている北アイルランドの民主統一党は英国のEU離脱に賛成したが、アイルランド共和国との国境見直しには輸出産業が打撃を受けるとして反対していることである。このためメイ政権は国境問題をEUとの交渉でソフトランデイングを図りたい思惑がある。EUは、アイルランドとの国境問題を考慮して北アイルランドだけを関税同盟に残すことを提案したが、メイ首相は英国領である北アイルランドとの一体離脱を求めて交渉が難航している。

 

 2016年の政府統計によると、輸出業者の80%近くが英国に製品を納入しているアイルランドにとって、イギリスのEU離脱後、英国とEUとの唯一の国境が接する北アイルランド国境はEUへの重要な「陸の橋」である。アイルランドの食品業界はEU農業大臣サミットでEUの補助金が承認されることを望んでいるとしていたが、合意なき離脱の可能性が高まったことを受けて、緊急時対応計画の準備に入った。

 

 北アイルランド国境が通常の国境機能を持つようになると、ふたつの経済圏が国境を挟んで対峙し、紛争の絶えなかった時代に逆行する恐れもある。このため英国政府も国境付近の混乱を抑えるために、警官1,000人を動員し特別な訓練を準備することになった。

 

 欧州委員会は、EU側が撤退協定の条項に基づいて「批准手続きを開始した」ことを認めたが、「交渉は確かに終了しているので、今のところ委員会の交渉担当者と英国の交渉担当者との間でこれ以上の会合は予定されていない」と付け加えた。アイルランド問題は英国のEU離脱に始まったわけではない。古くから南北の紛争が絶えない過去を持っている。国が抱える地政学的に複雑な問題は、EU統合によって解決されていたわけではなく、今回再燃する気配を見せているなかで、「合意なきEU離脱」への秒読みが開始された。