2015年2月に原油価格は平均で$54.9/バレルと8カ月ぶりに上昇傾向となり、下げ止まりともとれる状況となった。3月に入ってもわずかな上昇傾向が続き現在、WTI先物は$53.98/バレルで推移している。
ここ8カ月に及ぶ原油価格下落の発端となったのはアメリカのシェールオイルの増産である。古くからから掘削の試みは行なわれていたが、2009年以降のアメリカ国内の極端な原油増産が大幅に輸入量減につながり、結果として原油価格下落となった。原油価格下落はOPEC主導の価格決定機構の終焉と同時に、世界の原油供給体制の変化をも示唆している。
国内のシェールオイル事業の保護を考慮のため、アメリカは影響力の大きい盟友サウジアラビアに圧力をかけてOPEC 総会で生産調整に入るように説得できたはずであるが、何故そうしなかったのか。国内シェールオイル事業者を犠牲(注)にしても、ロシアを潰すことを優先したためなのだろうか。
(注)シェールオイル掘削リグ数は一時期に比べて43%も減ったが生産量は減っていない。つまりリグ集約によって生産効率が上がり、効率の悪い事業者が淘汰されたということになる。
世界的な需要の鈍化
原油価格の異常な下落は需要と供給の両側面からみなければならない。これまで需要を引っ張って来たアジア(中国)の減速は疑いのない事実である。(誰もが認めたくないところだが)急成長の時代は終焉に向かいつつある。旺盛な資源獲得の傾向は続いているが、中東からの原油の需要が減った。また世界最大の原油輸入国であったアメリカも、輸出が減って輸出国に転じた(注)。金融危機の落ち込みが復調したとは言い難いアメリカにとって、膨らみ続ける貿易赤字と国内の中東離れの観点で、中東からの原油輸入の削減は課題となっていた。シェール革命によって現実的に国内原油生産の可能性がでたことで一気にアメリカは原油供給の体制を変換しようとしたが、結果的に世界の原油供給にも大きなインパクトを与えた。
(注)2011年度まではアメリカ、日本、中国の順であったが2011年度以降、アメリカは輸入を大幅に減らし中国は増加しついに2013年度には中国、日本、アメリカの順となった。その後もアメリカは輸入を減らし続けた結果、輸入量を輸出量が上回り原油輸出国になった。IEAは2020年度に原油国内生産はピークとなり、世界最大の原油生産国になると予測している。
国内のエネルギー事情
では一体何故アメリカは何故シェールオイル生産量を増やしたのか。これまでメデイアの多くが見逃してきたのはアメリカ国内のエネルギー消費の伸びである。 世界的なエネルギー需要増大の中身をみると、中国をはじめとするアジア地域とアメリカにおけるエネルギー需要の増大が大きな割合を占める。EIAの統計に よれば、アメリカの一次エネルギー消費は1970年の6京7844兆BTUから2003年の9京8156兆BTUまで年平均1.1%の伸びで増加した。
(注)1BTU=252cal=1.05506kJ
消費エネルギーの伸びは人口増加に対応している。アメリカの人口は1990年に2.5億人から2014年の3.2億人まで約30%増えた。対応して国内の 石油消費は1947年頃から増えてエネルギー(原油)輸入国になった。原油価格高騰のまま輸入が増大すれば貿易赤字が増える。このため国内の原油生産量を 増やすことはアメリカにとって国民と国内産業の自衛措置でもあったといえる。特に政治的に国民の多くが政治経済の両面で中東依存度を低めたいと考える中で、支持をとりつけるには無視できない選択肢であった。
不可解なエネルギー政策
不可思議なのはオバマの掲げたエネルギー政策である。イリノイ州上院議員から2009年1月に大統領に就任したオバマには、政権の出発にあたってクリーン エネルギーに重点を置く「グリーンニューデイール政策」を掲げ、雇用創出と環境問題へ積極的に対応する姿勢をみせた。そのオバマ政権のもとでシェールオイ ル、ガスの増産が顕著になり原油輸入国から輸出国に転換したのである。シェールオイル、ガス生産は2009年から急速に増加し、国内エネルギー需要を満た すに留まらず、2020年度にはサウジアラビアを抜く原油輸出国へなった。
一方で2020 年までに17%(2005年比)の温室ガス削減のために(温室ガス排出の少ない)原子力もエネルギーミックスに加えざるを得なくなった。そのためオバマは (スリーマイル島事故以来凍結していた)新規原子炉の認可を行い原子力路線を復活させた大統領となった。そのため環境保護であるはずのクリーンエネルギー とほど遠い化石燃料中心のエネルギーミックスとなり、雇用効果での実績も期待はずれとなった。オバマはエネルギー政策では極めて現実路線をとった理由は何 か。
オバマが政権について「シェール革命」を演出した年である2009年にオバマは風力発電を中心として再生可能エネルギーの比率も高めることで環境にも配慮 する姿勢もみせるが、現実にはシェールオイル、ガス増産によりコストの安い化石燃料の復活で、再生可能エネルギーの促進にブレーキがかかった。
この2月に原油価格の下落はシェールオイル採算割れに追い込む寸前で下げ止まりとなった。しかしロシアとベネズエラの被った犠牲は大きく、アメリカはエネ
ルギー安全保障で優位に立ち、宿敵ロシアを押さえ込むことに一応は成功した。特にロシアのパイプラインで供給される天然ガスに比べても安価なシェールガス は輸出用ターミナル建設が進みつつあり、需要のあるアジア、欧州への販売で競争力を持つこととなった。
原油増産の理由とは
輸出が増えたがそれでもアメリカが原油や天然ガスを自由に輸出する法的枠組みはまだできていない。自由貿易協定にこだわるのもそのためである。アメリカのシェールオイル、ガス増産の意図は
①国内産業への安いエネルギーを安定供給
②人口増加に伴うエネルギー需要増大
③中東(サウジアラビア、イラン)及び南米(ベネズエラ)への政治経済面での影響力強化
④ロシア財政へのダメージでロシア勢力を押さえ込むこと
が考えられる。原油価格の新たな支配で、落日の感を拭えないアメリカが威信をかけて賭けにでた。医療制度改革で失態を演じたオバマにとってはエネルギーで自国の優位性を高め、世界に存在感を示せる大事な白星であっただろう。
もちろんここまで大規模な政策にはそれ以外にも複数の理由が考えられる。中東のイラン核開発交渉、サウジアラビアとの関係の変化、南米の社会主義政権の駆 逐も大きく影響したことは否定できない。環境破壊が表面化したシェールオイル、ガス掘削は諸刃の刃となるだろう。当面は生産をやめられないというシェール 特有の特性でしばらくは減産はあり得ない。OPECも生産調整はない。ベネズエラやカナダなど新興原油生産勢力も無視できないので、当分は原油価格が下が る要素はない。
中東に戦争が起こるあるいはシェールオイル、ガス生産が環境汚染で減産に追い込まれるなどの潜在的なリスクが現実になればもちろん話は別である。
原油を減産できない理由がある
アメリカのがシェールオイル減産に踏み切れない理由は根拠があった。このことがわかれば何故、世界的な供給過多が明らかな中で増産し続けるのかがはっきりする。これについては別の記事でとりあげることにする。