唯一の総2階建てであると同時に世界最大の4発ジェット機 、エアバス社のA-380が路線デビューしたのはシンガポール航空の2006年6月で、2010年にはルフトハンザ航空が成田−フランクフルト線に就航した。(現在はルフトハンザ航空は成田路線で運用していない。)筆者はフランクフルトアムマインという名前のA-380が運行直後に成田−フランクフルト間で体験した。その後もA-380に搭乗するたびに、別次元の機内空間と離着陸時の安定性には脱帽するばかりである。
困難な新型機の開発
エアバス社は16年の開発期間と膨大な開発費をA-380開発にかけたが、その採算ライン420機、最終的には500機の生産を予定していた。大型機の開発は複雑化する制御系や複合材料を多用する機体構造によって、生産スケジュールが遅れる傾向にあるが、A-380では新しい試みが多く、多国籍体制での生産のため大幅に遅れを生じた。エアバス社にとって第2の不幸は2008年のリーマンショックに始る世界的な金融危機により大手のエアラインが大型機の購入を控えたことである。新型開発コストの増大に伴いありきたりのアップグレードでしのぐメーカーが多い中で、脱米国(ボーイング)の独自路線をつらぬいたエアバスの勇気は賞賛に値する。
貨物機の生産中止
2005年位に初飛行したものの主翼強度と機内配線による重量増加に対処するために時間を要し、引き渡し時期が1年半遅れた。この遅れにより注文を受けていた貨物機の生産が中止に追い込まれた。これがA-380にとっては第3の不幸であり発注数の伸び悩みとなった。旅客機は中東エアラインの大量発注で難を逃れた感がある。エミレーツ航空は140機を発注し、全体で発注数は2014年9月で318機となり、引き渡されたのは139機である。
危機を救った中東エアライン
そのため世界の主要空港で離陸するジェット旅客機を眺めていると、巨大な機体を目にするようになった。A-380のアドバンテージは大型化による機内空間の余裕である。エアラインが独自に様々なシートアレンジが可能になったことで、エミレーツ航空を代表とするセミ個室のファーストクラスや専用ラウンジなど余裕のある機内空間で実現する設備は他の機体では実現できない。採算性の前に長距離で快適な環境を提供することがエアラインに求められているが、日本の2大エアラインは無視した。
ボーイング戦略に固執した国内エアライン
空の大量輸送の戦略にはふたつある。ハブ&スポークと空港同士を直行便で結ぶアプローチである。前者ではハブ空港同士をA-380やBoeing 747-8などの超大型機で結び、それを起点にして国内空港と787やA-320などの中型機で結ぶ。これに対して後者では長距離仕様の大型機(Boeing 777等)が直行便で往復する。ボーイング社の考え方は後者であるが、これには大都市間を直接結ぶことのメリットの多い、米国内エアラインに都合が良い。しかしボーイング社の強い影響下にある日本の大手エアライン2社は後者を選び、A-380は採用しなかった。6機の購入を決めてキャンセルしたスカイマークの騒動は記憶に新しい。
採算ラインに届かないA-380
ここに来て採算ラインに手の届かなかったエアバス社はA-380生産中止に追い込まれる恐れが出て来た。2017年までは受注した生産に追われるが2014年度の契約が伸び悩み、2018年に打ち切る可能性を示した。2015年以降に契約が伸びなければ、エアバスが市場動向(ハブ&スポークへの過信)を見誤ったとされる。製品自体に欠点がなくてもタイミングや経済情勢のような外的要因で採算性が失われ、生産中止に追い込まれるケースは珍しくない。
復活への道
A-380のような大型機にはリスクが大きいことは確かだが、実際に搭乗した経験からすると大型機独特の離着陸時の挙動の安定性は代え難いものがある。エアラインも顧客優先の立場で公平な評価をしてもらいたい。A-380の採用に踏み切れなかったのはボーイング社の戦略に反対することになるので、波風をたてたくなかったこともあるだろう。特にBoeing 787開発の原動力でもあり、ロンチングカスタマのANAはA-380採用はできなかっただろう。また回復基調にない世界経済を考慮すればリスクを避けたいのは当然かも知れない。しかし明らかに777や787とは別次元の乗り心地と快適性を求める顧客の希望は尊重されるべきである。生産中止に追い込まれるかどうかは2015年の契約にかかっている。