生体機能チップ(Organs-on-a-chip)

Photo: Discover 


半導体産業の落とし子 Lab-on-a-chip

 半導体産業はリソグラフイという画期的なテクノロジーで支えられてきた。半導体の微細加工技術によって人類がマイクロデバイスを自由につくることができるようになった。そのひとつが微細な反応セルを基板上に集積したマイクロリアクター(Microfluidics)である。


 マイクロリアクター(下の写真)のなかで、MEMSで用いられるようなリソグラフイーでミクロチャネルを作製して、シリコンなどの基板上に集積したチップのをLab-on-a-chipと呼ぶ。Lab-on-a-chipは実験室の反応系ををスケールダウンしチップ上のミクロチャネルで行う、という意味である。


 歴史的にはCMOSのキーテクノロジーであるフォトリソグラフイーは半導体チップから、MEMSに発展した。またセンサーチップ(圧力センサー、車のエアバッグ(加速度)センサー)がつくられ、ミクロチャネルに流体を流す、様々なマイクロ反応系と組み合わせたLab-on-a-chipへと発展していった。。



Photo: Free-Stock Illustration.com 

 

 最初のLab-on-a-chipは1979年にガスクロマトグラフイであった。ガス分析の前処理やクリーニングも含めて、手のひらサイズのチップが実験室系同等の機能を持つことが示されると世界中で研究が始まった。

 

マイクロリアクター

 Lab-on-a-chip研究開発は遺伝子工学分野への応用、例えば電気泳動やDNAチップの商業化で大きな流れとなった。中でも兵士の血液を遠隔に監視する軍事技術としてのDARPAの研究開発をきっかけにして、様々な研究開発が進んだ。Lab-on-a-chipの要であるマイクロリアクターについて簡単に説明しておく。

 

 現代の薬剤開発を支える結晶構造解析のスクリーニングには結晶成長を最適化するキャピラリアレイはスイスのメーカーの製品が広く流通している。またマイクロリアクタのサイズもDNA複製や単一細胞検出などではサブミクロンからナノスケールのチャネルも用意され、ミクロからナノという広範囲のスケールで特徴的なチップがつくられる。

 

 チップの材料は当初、リソグラフイ技術の確立しているシリコンであったが、研究が進むと汎用のガラスやセラミック、金属も使われるようになった。スケールや基板の材質に依存してリソグラフイ以外にも精密加工や金型による成形も加わり、様々なチップが製作されるようになった。

 

 マイクロリアクタは反応系を極端にスケールダウンできるので反応条件の最適化に便利である。先端科学を支える放射光施設でもX線回折による結晶成長スクリーニングの他に、小角散乱によるタンパク質の構造変化の実時間観察、X線吸収によるナノ結晶成長過程の時間分解観察など、先端研究に欠かすことのできない存在となっている。

 

 

 

Photo: Nature 

 

Organs-on-a-chip

 ここで紹介最新の応用、Organs-on-a-chipの一例である肺機能チップ(Lung-on-a-chip)(上の図)にを紹介する。

 

Lung-on-a-chipは、血流と空気の流れを細胞膜で仕切った、人工肺をチップ化したもの。横方向から加えるストレスを一定の周期で逆転して、肺機能をシミュレートした上で血流と細胞膜の観察を行うことができる。

 

 この人工肺チップを用いることにより呼吸によるウイルス感染(空気感染)により引き起こされる血液の変化が実際に極めて近い状態で、実時間観察が可能となる。

 

 Organs-on-a-chipは今後、肺以外の様々な人間の臓器チップとして感染症の治療に威力を発揮することであろう。例えば腎機能や肝機能で人工臓器の開発に有用である。特に期待されるのは特定の臓器へのウイルス感染の影響をリアルタイム観測で、抗体開発や臨床実験の期間を大幅に短縮されることである。


 半導体産業から生まれたリソグラフイはMEMSやLb-on-a-chipなどの新しい分野で活躍しているが、人体の機能をシミュレートするOrgans-on-a-chipへの展開は始まったばかり。