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フイラデルフイアのAmtrak鉄道脱線事故は事故原因の究明が行われているが、衝突前に妨害工作の証拠があったこと、故意に速度超過をした機関士が事故の記憶を喪失していることなど、謎が多くFBI犯罪科学捜査班が捜査に乗り出すなど過失による脱線事故でない可能性が出てきた。
事故原因については憶測の域を出ないが、調べていくと鉄道車両が老朽化していることがわかり、橋桁や高速道路などのインフラが荒廃している現実(注1)が浮かび上がってくる。
(注1) 筆者も1970年代後半に、JFKから東海岸沿いに北部にレンタカーで移動する際に(JAL便の到着時刻の関係で)、夜間にInterstate95を走るのが怖かった。というのも道路を100km/h以上で飛ばすのだが、何箇所か保守されていない穴があって、タイヤを取られて横転しかけたからだ。通勤の車は穴の位置を覚えていて器用に避けていく。知らないで突き進むと命がけのスピンとなる。
老朽化するインフラ
2007年のミネソタ州の橋の落下では50台以上の車が川に沈み8名が犠牲になったという。アメリカのインフラの保守や市民サービスの予算は1980年以前は不足して、十分な補修ができなかったため橋の落下が多くなった。水道水漏れも満足に対応できない場合があるなど最悪な状態であった。
Amtrakの車両は平均で約30年という日本では引退して当然な老朽車両を使い続けているが、これらの車両の安全性は保証されていない。今回の事故では速度制限のある区域直前で加速したため制限速度の倍の速度でカーブに突っ込んだことが直接の原因とされる。
不可思議なのは機関士が事故直前まで、同僚との会話で正常であるにもかかわらず事故直前で加速したのに、事故後は一切の記憶をなくしていること。捜査当局の尋問にも極めて協力的だが、事故に関しては記憶がないという。まるで乗客を道連れにして急降下ダイブしたドイツ人パイロットのように、乗客の命を預かる操縦者が異常な行動にでた事件である。
Amtrakの現実が事故で明るみに
インフラ老朽化は事故を起こした機関士の責任をなくすものではないがAmtrakの実態を調べると深刻な現実に驚く。Amtrakは「全米鉄道旅客公社」という名の連邦政府が出資した株式会社。1971年から全米の鉄道網を運営するが、自社保有の路線はボストン-ニューヨーク−ワシントンDCの通勤路線「北東部回廊」とミシガン州の一部路線のみ。他は路線を借りて列車を運行する会社となっていることが問題を複雑にしている。Amtrak機関士の悲哀は映画「アンストッパブル」に描かれている。
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ボストン−ニューヨーク間路線に乗るとほとんどの乗客は両都市郊外の駅から乗り込む通勤客。通勤前のひと時を新聞と珈琲で過ごすビジネスマンがほとんどだ。車体はアルミの通勤仕様で新しい車両は川崎製が好評である。この路線は比較的新型車両が多いが、Amtrakが運営する鉄道区間のごく一部であり、今回のフイラデルフイアを含む大半の路線の車両の老朽化が激しい。
投石の歴史
「北部回廊」と呼ばれるこの路線では、これまでも列車への妨害事件が多く発生しており防護ネットは容易に越えられるという。機関士たちの証言では投石などが運転席にあった場合、その対処で気をとられるという。今回の事故直前には付近の他の列車も妨害を受けている。投石事件は1905年にルーズベルトが乗った列車が投石されたことから明らかなようにいま始まったことではない。不満を持つ市民は格差増大に伴い増えるばかりである。
列車が速度超過をした際に自動列車制御システムがあれば事故にならなかった。アメリカ議会ではすべての車両にGPS位置モニター付きの自動制御システムを2015年度までに義務つけたが、財源難により2020年度まで据え置きの状態になる。債務超過でアメリカ政府の財源難は政府予算の執行が困難になろうとしている。安全さえ疎かにされるほど財政難は深刻なのだ。Amtrakの年あたりの負債は悪名高い郵便事業の1/4であるという。
安全より業績優先
Amtrakの業績は2001年の911以降、国内フライトから大量の客が流れ込んだため回復したが、その後はLCC、長距離バスなど公共交通機関との競争により慢性的な財源不足となり、膨大な路線を抱えて計画的な車両の入れ替えがなされずに放置された。財政難は一般的に公共サービスの低下をもたらすが公共交通機関にあっては大事故につながる。採算性の悪い路線は廃止されているが全体としてみれば時代遅れのままである。老朽化は実際に事故増加につながり2000年ごろから脱線事故、衝突事故が多くなった。
新規事業には投資が先行
カリフォルニア州が先陣を切る全米を結ぶ超高速鉄道構想もAmtrakに見切りをつけたともとれる。カリフォルニア州は700億ドルで全長840kmのサンフランシスコとロサンゼルスを高速鉄道で3時間で結ぶ計画で、日本の新幹線やイーロンマスク率いるテスラモータース社などが事業参加を表明している。700億ドルを用意できるなら老朽化したインフラの補修で安全性を確保して欲しいと一般国民は望んでいるのではないか。
6名の死者と140名の負傷者を出した脱線事故によって、老朽化したインフラの補修に税金を使うべきだという意見が多くなったという。中には「国内に旅客輸送に鉄道は不要とする」極論もあるアメリカ。少なくとも華々しい超高速列車構想よりインフラ補修で事故を未然に防ぐことには多くの国民の同意が得られるだろう。