書店の一角を積み上げられたトマピケテイの分厚い本(5,900円)が売れている。購入者は中身も読まずに買うというからよっぽど富裕層向けらしい。本を買う前には中身を書店の椅子でじっくり目を通しそれでも手元におきたい場合に限って購入する人にはピケテイの「21世紀の資本論」は長すぎる。例えていうならばありったけの知識を駆使して読むものを圧倒する論文をかいて、担当教官に皮肉をいわれる若い研究者のようでもある。
この本は、「資本蓄積によって資本家と労働者の格差が拡大する」という当たり前の事実を「過去200年以上のデータにもとづいて明らかにした」とされる。しかしその格差是正のあり方を巡って沸き起こった論争は興味本位でメデイアに取り上げられ、逆に本質から離れて行く危険性をはらむ。
経済成長が貧富の差を拡大させると指摘し、著書が世界的なベストセラーになっているトマピケティの主張は、資本論の矛盾を指摘したが社会主義実験に失敗して陳腐化したマルクス、フランス革命から脈々と続く社会主義のDNAが感じられるものの、ピケテイは資本主義を否定しているわけではない。かつてのドラッカー旋風のようにメデイアがこぞってとりあげ論争が沸き上がっている。トマピケテイの主張である富の再分配に経済成長をぶつける構図だ。
経済成長を主張する人々は経済の底上げで全体が豊かになれば自然に富の配分で底辺にいる人たちも潤うという。一方で行き過ぎた富の格差が国を貧困化させ弱体化させることも明らかである。ピケテイは賃金の格差よりも富(資金、株、不動産など)の格差が、200年間を通じで広がっていて資本主義が容認できる限度を大幅に超えつつあると分析した。反論もあるが膨大な統計データはそのことを裏付ける。
しかし格差問題を「経済成長」対「再分配」という単純化された対立構造で置き換えることは、論点がそれる危険性がある。ピケテイはどちらかが重要だといっているのではない。経済成長に限度を超えた格差はネガテイヴな効果だといっているのだ。そもそも格差の問題は今始った事ではない。世界の富の48%がわずか1%の最富裕層によって保有されている。また上位10%の富裕層が87%の富を保有しているのに対し、世界の下位層の69.8%は2.9%しか保有していない。これは異常な統計であることは誰でも認めるだろう。(注1)。この統計は、クレディ・スイス証券の2014年度調査報告に よるもので、すでに2013年にはNGOオックスファム(注2)報告書でも同様の内容が指摘されている。
(注1)富裕層の中でも、超富裕層の 「グロバル・エリート」とも呼ばれている85人の総資産が世界人口のおよそ半分の35億人分に相当する富を独占、貧富の格差の拡大に貢献している。
(注2)オックスファム:世界90カ国以上で貧困を克服しようとする人々を支援し、貧困を生み出す状況を変えるために活動する国際協力団体。
オックスファムは格差是正のために新ニューディール政策として次のような政策が必要としている。
・税の逆進化傾向を世界的に反転させる
・法人税に関するグローバルな最低税率を設定する
・資本収益に対する賃金比率の向上策を実施する
・無償の公共サービスや社会セーフティネットへの投資を増額する
タックスヘイブン対策やグローバル企業、特にインターネット企業への課税が話題になる今日、最初の2項目は税制対策でありトマピケテイの提案そのものである。ピケテイは富の世襲制度を否定する。
世界中で起きている貧富の格差は皮肉なことにリーマン・ショック以降、特にアメリカで拡大した。これはアメリカで始まり欧州、日本へと連鎖した量的金融緩和政策(QE)と深く関係している。量的金融緩和で注入された紙幣は富の格差をなくすのではなく逆の効果をもたらした。低金利と手元流動性の増大で金融機関や投資家が積極的に投資を行なったからである。その結果として低迷していた米株式は2009年から上昇に転じ、資産価格は上昇した。つまりより多くの資産をもつ富裕層だけが資産を増やし、量的金融緩和で市場に注入された富を獲得した。
その結果、じわじわと社会主義への羨望の眼差しが貧困層に広がっており、国家的な危機につながるリスクとなりつつある。
総資産と総所得の比率は6.5倍にまで上昇、世界恐慌の起きる前と同じ水準まで上昇している。このため株式がバブル状態にあり、バブル崩壊が近いことを示唆している。この世界恐慌を予見してかオックスファムはニューディール政策を提案した。ピケテイは主に税制改革で富の世襲を食い止め富の異常な格差を是正しようとする。ピケテイが10%経済成長を前提としているように、「経済成長」は「富の再分配」に敵対するものではないので、対立構造にするべきではない。
オックスファム報告書「不平等の代償:なぜ極端な富と貧困は世界中の人々に負の影響をもたらすのか」によると、最も裕福であるとされた100人 の2012年の純収入は2400億ドル(約21.6兆円)で、世界の極度の貧困を終わらせる(Make poverty history(注3))ために必要な額の4倍に相当する。原理的には極端な富の集中を軽減することで貧困を失くすことが可能なのだ。日本の富の格差は統計的にはアメリカほど極端ではないが、貧富差というより社員の格差が増大し正規社員という中間層が減少している点では同じ傾向にある。
(注3)Make poverty history:ホワイトバンドプロジェクトにより白いバンドを腕に着ける発展途上国の貧困撲滅を進める運動。ホワイトバンドの売り上げは自国の政府に働きかけて、発展途上国の貧困層を救済する政策へ変更する基金となる。
「経済成長」対「格差是正」の論争で置き換え、この機に乗じて社会主義を煽るトリックに騙されてはいけない。民衆の不満で勢力をます社会主義に乗じて利益を得ようとする一握りの人々は社会のフラット化を喜ばしいことだと思っている。社会がフラットになれば富を支配し易くなるからだ。過去の遺物である「資本主義」対「社会主義」の構図をピケテイ論争に含ませてはならない。