原油価格下落の原因のひとつの供給過多は米国が国策として強引に進めて来たシェールオイル/ガスの増産にある。米国のシェールオイル掘削はアパラチア東部、ロッキー東部、そしてテキサス南部とカリフォルニアが主な掘削地域で、その中でもテキサス州のイーグルフォード・シェールオイル・ガス田は、良質な軽質原油を産出しており、北米において最も有望な鉱区の一つであると言われていた。
投資失敗の続く日本企業
丸紅は2012年に米独立系石油ガス開発大手ハント・オイル社(注1)との間で、同社が米国テキ サス州のイーグルフォードシェールオイル/ガス田に保有する開発・生産権益、約52,000エーカーの35%を取得した。好景気に湧くシェールガスであったはずだが2015年1月に原油価格下落で1700億円(税引き前)の損失を出した。
(注1)ハント・オイル社
米テキサス州ダラスにある石油ガス開発会社。ルーマニア・ハント・オイル社を子会社に持ち欧州のシェールオイル開発を行なうOMVペトロム(OMV-Petorom)との合弁事業を開始した。埋蔵虜が豊富でかつては発電にシェールオイルを利用していたルーマニアではシェブロンが開発予定であったが住民運動で中断している。地質調査で"Pay
Area"と呼ばれる「スイートスポット」を掘り当てる探査技術と最新の掘削技術を駆使して同社は欧州でも優位にたつ戦略だ。
丸紅より早く2014年9月に住友商事は、米テキサス州のシェールオイル開発で1700億円の損失を計上した。これは丸紅と同じ2012年に13億6500万ドルを投資し、米独立系石油開発会社のデボン・エナジー(オクラホマ州)社保有のシェールガス/オイル田の権益の一部を取得したことによる。信じられない話だが権益取得後に掘削した結果、ガス/オイルが生産できず、投下資金を回収できないという。シェールオイル/ガスのリグあたりの一回の掘削寿命は短い。有望だといわれても地中奥深くにはすでに水平に横穴が掘られ尽くして、風前の灯火にある権益をつかまされた。
資源エネルギーに関するエキスパートぞろいの商社が世界を駆け巡って原油を仕入れて来た日本。何故、シェールガスへの投資で失敗したのだろうか。丸紅、住友だけではない。2014年3月期に伊藤忠も米シェールガス開発事業では、290億円、三井物産も325億円の損失を計上した。大阪ガスもシェールガス開発に失敗し290億円の損失を出した。こうなるとシェールガス採掘には一般的な(外部の人間には知ることができない)特別なベンチャーリスクが存在すると考えたくなる。シェールオイルには光と影が存在するのだ。
米国のシェールオイル掘削マップ
シェールオイル掘削は3000メートルにも及ぶが、単に深く掘り下げるだけではなく、横穴を堀って高圧の水に化学物質や砂を混ぜて送り込み、岩盤にしみ込んだオイルを絞り出す。この際に高圧で裂けた岩石の間に砂を使い閉じないようにする技術が必要になる。しかもシェールオイルは3年で75%減るため絶えず場所を変えながら掘削をやめるわけにいかない。また掘削の効率を上げるには精密なセンサーにより地質調査が何より重要である。
掘削箇所が決まってもリグを建設し掘削するためと、場所を変えて水平に掘り続けるための膨大な資金が必要になる。そのため容易に採算がとれないがやめるわけにいかないので、掘削を続けられる体力が欠かせない。リグの周辺には高圧水に特殊な化学物質を混合して強力なポンプで送り込む特殊車両で埋め尽くされる。掘削を継続できない事業者は去り資本力のある大手しか残っていないのである。石油メジャーが参入しないのは採算性が悪いことを知っていたからである。その意味で投資失敗は情報戦に負けたといえる。
シェールオイルの代表的な掘削会社であるTriscan Well Service Ltd.を率いるFor Don Luftは18歳でカナダの石油掘削会社のトラックドライバーだった。38年後にLuftは投資をつのり20億ドル(約2400億円)かけて近代的な掘削技術を開発し、シェールオイル増産の波に乗った。当初50人の会社は5,700人の有名企業に育った。巨大な投資で新技術を開発し新しい分野で企業を起こすという点でまさに石油会のベンチャー成功者なのである。
Triscanの掘削機材はトラックに乗っているためモバイル性が高く拡張性が高い。下の写真のように規模に合わせてトラックを増やせば良い。しかしベンチャー一般にそうであるように生き残る企業は少ない。派手なシェールオイル革命の舞台裏で消えて行く掘削事業者も多かった。掘削技術と巨大な投資で波に乗れたものだけが生き残る世界だは、これからますます競争が激しくなるだろう。
Eagle Fordとは
テキサス州のシェールオイル掘削の中心地イーグルフォード(Eagle Ford)とはどういう場所なのだろうか。Eage Fordは下図に示すようにテキサス州南東部、ヒューストンとサンアントニオを結ぶ線より南側のシェール地帯で炭化水素含有率が高く全米で最もシェールオイル掘削が行なわれている場所のひとつである。Eagle Fordはオースチン地区(Austin Chalk)の原油の元となる岩盤として知られていたが、石油メジャーは無関心であった。2008年に最初の掘削により年間7.7M立法フイートのシェールガスが産出すると事情は一変する。技術的には、精密な地質調査能力、水圧破砕と水平掘削のふたつの掘削技術要素が組み合わされた結果であった。
2008年から2010年の間の産出量は大きく掘削事業者が集中した。しかし優良な掘削が可能な地域は限られているので業者間の競争は激しかった。結局、産出量が急激な成長をみせたのは2010年からである。2012年の時点ではEagle Fordは水平掘削が縦横に行なわれ新規事業者が入り込む余地はなかったはずだ。掘削技術も進歩し続けているので、経験のある業者にはアドバンテージがある。
Eagle Fordの枯渇がいつか、は将来のシェールオイルの寿命を予測する上で重要なヒントを与える。Eagle Fordが枯渇したら別の地域に移ればよいという話にはならない。シェールオイル増産を急ぐ理由は何か?短期的に原油市場を揺さぶり、エネルギー資源の独占を狙うハイリスクな賭けを仕掛けたように思える。プロの勝負師は最初にカモの客に勝たせる。最後に大損させられ巻き上げられた客となったのは日本の商社だった。勝たせてもらって(将来性につられて)ハイリスクの投資をした見返りを期待するのは馬鹿げている。