Photo: South China Morning Post
天津の倉庫爆発では800名を超える死傷者を出したとされるが、報道が規制されていて最終的な被害はわからない。焼け野原となった現場近くの住民数ははるかに多い。爆発は倉庫内に保管してあった危険物質の取り扱い基準の甘さによるということだが、原因が究明されるのは相当先になるだろう。今回も倉庫管理の甘さで運営上の責任は免れることができないだろうが、中国のこうした安全対策の軽視問題は、事故を葬り去るために乗客ごと埋めた新幹線事故以来、まったく変わっていない印象を持つ。
その中国がいま原子炉開発に力をいれている。その理由はふたつある。まず自国内の電力不足が深刻化していること。このため最初は海に面した都市部、そして内陸部に原子炉を建設して電力事情を改善する計画を立てた。もうひとつの理由はアレバなど先進国の原子炉建設が、安全性の確保に伴い建設コストの増大と工期遅れに悩まされている一方で、途上国向けに経済性と安全性を両立した原子炉の需要が増大しているからだ。
Photo: PHYS ORG
原子炉ビジネスを、中長期的には(高速鉄道と並んで)輸出産業の花形化を狙っているからである。上の図は旺盛なアジア地域の原発建設計画と稼働状況を示したもので、もちろん日本の原発は54基が全て停止したのち、川内原発が8月14日に再稼働して発電を開始したばかりである。
実際、鳴り物入りで出発したアジアインフラ投資銀行の目的のひとつは原子炉と鉄道の投資で自国への還元を狙ったもの、という見方さえある。有望な投資先となりつつある中で、新幹線の事故や天津の倉庫爆発により安全面での不安が生じている。中国の原子炉はどのような特徴がありそれらは安全なのか、また広い意味で日本に取って代わる「技術大国」になり得るのか。
中国の電力事情
中国の電力不足は原発が停止中の日本より深刻かもしれない。というのも農地を工業地帯に変えて積極的に工場誘致を行ってきたのに安価に電力を供給できなくなれば、セールスポイントの一角が崩れるからだ。電力不足をさらに加速しているのは、農民を都市部に集めるという方針によって人口が集中する都市部はビルや家電製品の消費電電力が急激に増大したから。
しかも一方で70%という圧倒的に高いエネルギー比率を占める火力発電は温室効果ガスを大量に排出し続ける。三峡ダムなどのダム建設が進んだ結果、皮肉にも河川の汚染が進み環境に優しいはずであった水力発電で火力を置き換えることができなくなった。切羽詰まった状況の中で手軽に大電力を得るには、原子力が手っ取り早いのである。
安全性の再考を促した福島
福島の事故は中国がより安全な次世代原発の開発を精力的に行うきっかけとなった。これは先に記したように地震のリスクのある内陸部への設置とアジアを中心としたインフラ整備の一環としての原子炉輸出のためでもある。中国が開発する次世代原発とはウランを使わないトリウム原子炉(TMSR)である。
TMSRでは核燃料が反応で溶け落ちるメルトダウンは原理的に生じない。またウランの核分裂反応の副産物であるプルトニウムができないので、他国に輸出しても核兵器の製造に転用される恐れがない。一方で冷却材として使われる溶融塩の取り扱いは高度な原子炉工学が必要となり、大規模な研究開発の取り組みが必要となる。
百人計画と千人青年計画
原子力を含む重要な技術開発分野の育成のため、中国は計画的な人材養成プログラムを持っているが、そのなかで「百人計画」(注1)、「千人青年計画」(注2)というものがある。筆者は中国のある研究会議に招待された。私のホストが「百人計画」で選出されたといっていたし、会議で出席者中に「千人計画」で選出、という肩書きの若い研究者が多くいた。彼らと話をすると「千人青年」たちが優秀であることはすぐ実感できた。欧米の一流の研究所にいるかのような感覚であった。とりわけ筆者の興味を引いたのは彼らは欧米で自分たちが置かれた環境をそのまま持ち込んだことである。欧米への対抗心とは裏腹に研究開発現場では「欧米化」が行なわれているのである。
(注1)「百人計画」は高等教育人材政策のひとつ。「百人計画」によって招致された 優秀研究者の平均年齢は37.1歳で、45歳以下が全体の80.8%と大部分を占める。政府から研究資金を含む特別な待遇を受ける。
(注2)「千人青年計画」で 2015年までに毎年約400名、5年間で2,000 名程度を招致するとしている。対象者は、1)自然科 学系のバックグラウンドを持つ 40 歳以下の者てであること、2)学位を海外の大学で取得し、さらに 3 年 以上の研究活動経験を持つ者、もしくは中国て?学位 を取得後に海外機関てで5 年以上研究か教育を行ってきた者、3)同しじ年齢層において卓越した研究活動 を行っている、もしくはその潜在能力を持つ者の条 件を満たし、かつ採用後は中国国内の大学、研究機 関等でフルタイムの研究活動を行う。これらの条件を満足する研究者らは欧米に引けをとらないエリート研究開発集団となる。
最新型原子炉開発
TMSR以外に次世代炉として期待される高温ガス炉(HTGR)の研究開発でも、開発を先行した日本を抜き去ろうとしている中国。アレバ社も手こずるほど複雑化した新型原子炉の開発を「安全性を無視してきた」中国がやり遂げられるか疑問が残る。
しかし「千人青年計画」で選出された集団は欧米で教育され、欧米の安全基準を少なくとも理解している。こうした人材が要所で技術開発の先頭に立ち出す時代になれば、危険な製品だと片付けられなくなるだろう。相変わらず現場から遊離した無能なトップが企業や研究所の先端に立ち、判断を誤り、チャンスを潰す日本。技術大国の看板が揺らいでいることは確かだ。
参考:
中国:組織的な革新人材計画と知識経済における世界競争(Elsevier)